1、0と1と私
初めまして。初心者の拙い作品ですが、楽しんで書いていけたらと思います。よろしくお願いします。
「大丈夫、ちゃんと買えたってば」
利き手の指先に小さなレジ袋を引っ掛け、反対側の手でスマホを耳に当てながら、私は少し大きめの声で言った。
『本編と間違えてないよな?』とか『シリアルコード入ってそう?』とか、スマホから聞こえる声変わり途中の不安定な声は、夕方の電気街の喧騒の中では聞き取り難い。
第二次性徴期だかなんだか知らないけど、声変わりと同時にぶっきらぼうな物言いやツンツンした態度を取るようになったくせに、ゲーム一本でワクドキを隠そうともしないとこがまだまだお子様だなーと苦笑する。
まあ、ジャンルは違えど私もゲーマーだから気持ちはわかるけどさ。
はいはい、早めに帰るわよーと適当に返事をしながら人を避けて歩いていると、目の前に馴染みの本屋が見えた。
あ、そう言えばと思いついてスマホの向こうに聞いてみる。
「ついでに【どきラブ】の18禁本も買ってあげよーか?自分じゃなかなか買えないで……」
しょ、と最後まで言うことはできなかった。
ドスン、という衝撃と共に私はニヤニヤした顔のまま背中から宙に飛ばされ、甲高い悲鳴のような車のブレーキ音を聞きながらコンクリートに落ちた。
フヒュ、と喉から変な音がして息が詰まる。
背中が焼けるように熱くて、みぞおちに穴が開いたのかと思うくらい痛い。
……いや、ホントに穴が開いてるんじゃないの?
い〜や〜だ〜、このシャーリーアンの新作カットソー、大学の友達に褒められたばかりなのに穴が開いたりとかしてたらい〜や〜だ〜。
ビルの間から見える10月の夕空が、涙に滲んでやけに遠い。
奇跡的に耳に当てたままのスマホの向こうから、『バッ……バッッッカじゃねーの!?』と焦りまくった声が聞こえたのが最後だった。
うん、バカだね私。
歩きスマホ、良くない。
上も無く。
下も無く。
左右ですらおぼつか無い灰色の空間の中、白く淡く光る小さな無数の【0】と【1】の数字の羅列が細い糸となり、寄り集まって帯となり、さらに重なり合って膜を張った様な大きな楕円形を作っていた。
私はぼんやりとそれを見上げ、大きな卵の様だと思った。大き過ぎて鯨でも入ってるみたい。鯨は哺乳類だけど。
どこまでも広がる灰色の空間の中、存在するのは巨大な卵と私しかいなかった。
ていうか、ここどこよ?
それより私、死んだんじゃなかったっけ?
あの衝撃と車のブレーキ音、きっと暴走車か何かに後ろから轢かれて人生終わったんだと思ったのに。
にぎにぎ、と利き手の指を動かそうと自分の拳に目を落とした私は固まった。
指が、手の平が、腕が、さらに下に見える自分の足先らしきもの全てが。
淡く白く光る無数の【0】と【1】でできていた。
「!!!!」
悲鳴すら上げられず、私は自分の体を両手で抱きしめた。
触れた感覚はある。
痛みもない。
でも、でも違う。
震える指先も、掴んだ二の腕も、みんなみんな0と1でできている。
淡く光る無数の0と1の濃淡が体の陰影を作り、穴開きを心配していたカットソーまで綺麗に再現されていた。
ロングスカートまで01模様でフワリと揺れている。
ネットで観た2次元アイドルのプロジェクションマッピングのようだと思ったら、震えていた体も止まって少し笑えてきた。
え〜?これが死後の世界なのかなぁ?なんだか思ってたのと違うなぁ。
なんかもっとこう、果てしない雲海の上を白い羽根の美形天使達が飛んでたり、暗い地の底にある紅蓮の溶岩の中から黒い蝙蝠羽根のヤンデレ悪魔とかが出てくるんじゃないの?
って、これは私の大好物乙女ゲーのブリガーことブリリアントガーネットの設定だったよ。
再来月はぽんちゃんやナミちゃんと一緒に、ブリガーのコスプレでビッグなサイトに行く予定だったのに。
明日は幼馴染達と映画に行く約束してたのに。
そして何より。
不慮の事故とは言え、あの子のトラウマにならなければ良いと、切に思う。
せっかく買った誕生日プレゼントも、せめて無傷であの子に届いて欲しい。
私に遠慮せず、好きなだけ遊びなよ。
私なら大丈夫だよ、プロジェクションマッピングっぽいけど今のところ元気だし。
それよりもお父さんとお母さん、田舎のおじいちゃんおばあちゃん達を、お兄ちゃんと協力して大事にしてあげてよね、と心の中で祈る。
鼻の奥がツンとしてきたので、慌てて頭を振る。
0と1でできてるくせに、何なのこの体。
生前?の再現度、無駄に高いな。
私以外誰もいない世界で誰かが見ているとも思えないけど、泣きそうになった事がなんとなく恥ずかしくなって、八つ当たりのように目の前のゼロイチ卵をペシッと叩いた。
パキリ。
嘘ぉん。
意外と壊れやすくない?これ。
私の手が触れた箇所からピシッ、パラリと0と1の羅列が脆く崩れ始めた。
小さな0と1達は白く淡く光ったまま、命を得た生き物のように灰色の空間を縦横無尽に舞い、やがて一箇所に集まり、ただただ呆然と見上げるだけの私の目の前で巨大な人型になった。
緩く波打つ肩までの長髪、長い一枚布を体に巻きつけて飾り紐でまとめたような服、右手には死神が持っているような大鎌、左手には砂時計らしき物を持っている。
「ほう。ここに我以外の者がおるとはの」
何が面白いのか私を見下ろしながらニヤリと笑った口元は長い髭に覆われ、細められた目元には何本もの皺が刻まれていた。
0と1で作られた2人目のプロジェクションマッピング人間は、ギリシャ神話の神様のような巨大なおじいちゃんだった。