戦闘狂の成り方は
改稿済みです
『さぁ! 武器を振ってみましょう!』
つい?1時間ほど前に聞いた時は、まぁこの状況でよくそんなこと言ってくれる、とイライラを爆発させた。
しかしアナウンスのお姉さんに恨み節を放って気付く。
――モンスターって倒すものじゃん?
え? あ、うん。……そうよ?
振り返ってみれば、初心者フィールドでは可愛いからと愛でていたし、ボスは自分がやられる側だと信じて疑わなかったのだ。まぁオレリウスを倒すなど到底不可能だろうが、逃げ回るだけが全てではない、とようやく悟る。
玲奈はまだ一度も剣を振ったことがないのだ。
攻撃を盛り込めば、回避もおぼつかなくなる。
お姉さんの評価を覆し、今度は素直に従おう。
まずは――――武器の装備だ。
ふぁっ! 装備っ!?
だ、だって、林のなかで木漏れ日を浴びたり、原っぱに寝っ転がったり、モンスター眺めるのには邪魔だったから……。
それで外しちゃった! えへへ。
いやはや、ノンアクティブのモンスターしか居ない初心者フィールドだから出来たこと。
早速、回避をしながらメニュー画面を開き、回避をしながら装備画面を操作する。今の玲奈にとっては、容易というより当然の領域。
装備したのはアイテムリストにあった[鉄の片手剣]
こうなるなら、あの残金で装備を買っておくのだったと一抹の後悔を走らせるももう遅い。
腰に現れた片手剣。
オレリウスの隙を窺い、柄に手をかけた。
嵐のような斬撃が止む隙に――
この世界で初めて、
――――剣を抜いた。
仮想とは思えぬ質感、実感。
思ったより頼りがいのある剣を握り、構えるでもなく回避を続ける。
戦闘チュートリアルは開けない。
自己流で行くしかない。
意志強い剣に促され、玲奈は狙いを定めた。
オレリウスが飛び上がって尻尾を振り回す。その後の追撃で叩き下ろされた直後の腕を。
それまでは回避を続ける。
避けて、さけて、待つ。
チャンスを。逃さぬように。
玲奈は気づかない。
回避を疎かにするための行動であるが、傍から見れば純粋に攻撃を仕掛けに行っているとしか思えないと。
避け、かわし――――
来た。
極度の集中力がゾーンを呼び覚ます。
オレリウスの膝の力みを感知し、間合いギリギリから少し離れた位置につけた。
飛び上がり、苛烈な勢いで押し迫る尻尾。
視認した玲奈も走りだす。
走る玲奈の眼前を尻尾が通り、その先を見ずにオレリウスへと突っ込んだ。
オレリウスの股下に辿り着く。吸う息と呼応するように剣を振り被る。
戦闘チュートリアルは開けない。完全自己流。
だが、
最初に何度も避けたオレリウスの初手。
高く振りかぶっての斬り下ろし。
それを真似る。
近距離に激しい衝撃を伴って巨大な腕が下りてきた。
突貫。
「やぁああああああっ!」
そびえる腕をなぞるように。
斬
結果を見ず反転し、尻尾の横を駆け抜け背後へ躍り出た。
パッと振り返る玲奈と悔し気に向き直るオレリウス。
一度視線が交差し、外した玲奈が向けたのはオレリウスのHPゲージ。
満タンだったそれには、ほんの僅かな隙間が空いていた。
「やっ……、やったぁああああああああっ!」
手応えはあった。
いや今も腕に残っている。
その結果が事実として見えるのは素晴らしい。
今、
レベル1の初心者プレイヤーが、
レベル35のエリアボスモンスターに、
――ダメージを与えた。
玲奈は高揚した。
ゾーンに入ったとはいえ、
精神をすり減らす、すり潰すような1時間。
玲奈は興奮した。
死に戻りなど、頭のどこからも吹き飛びエリア外まで飛んで行った。
――――――もう、一度。
え?
もう一度、獲たい。
何を?
――今の感触をっ!!
今の手応えを、
頭が沸騰するほどの高揚をっ!
1時間と10分ほどか。
ついに玲奈とオレリウスによる
――戦闘が開始された。
――☆――
レベル1の玲奈がレベル35のボスに与えられるダメージ量など、論じる必要もない。
はずだった。
戦闘を始めてからというもの、玲奈はずっと同じ動作を繰り返している。回避から上段の斬撃だ。
初めは尻尾攻撃の後の腕だけを狙っていた。だが、オレリウスの動きを見切りメニュー操作しながらでも回避出来ていた玲奈。
飽きが出るのは当然とすら言える。となれば、次の狙いを探すまで。
いきなり難易度を上げはしない。
別の攻撃パターンで、同じように上から降りてきた腕を狙った。
飽きたらその次へ。
タイミングの取れるものを見逃さず、愚直に挑む。
敵に対し、習得したい流れを特訓するかのように。
そう、特訓だ。
この脳筋ゲームSGO。
なんと、――スキルが存在しない。
脳筋運営が求めたのは、生の戦闘。
故に、
スキルに動きを合わせる?
――太刀筋、行動が固定されてどうする。
スキル後の硬直時間?
――いらん。戦闘は流れるものだ。
SGOが目指すのはただのゲームではない。
ゲームのシステムを当てはめるつもりは毛頭ない。
まるで現実のような、非現実な体験を!
全てはプレイヤーの手で。
となりますと?
スキルないから?
腕を磨かねばなりません! ふぁっ!
待ってまって。
これまでのゲームじゃないんだよ。ボタン操作のタイミングを特訓とかじゃないんだよぉ~。
剣道場で竹刀を振れって言ってるのと……
玲奈ちゃーーーーん! 特訓!
あなた特訓してますよー!?
なんて考えは露程もない玲奈。またまた絶好のタイミングを逃さず斬撃を浴びせ、手応えに歓喜しつつも飽きを感じ始めた。
次。
ちょうど目を付けていたパターンの到来に、玲奈のまぶたは細められ薄く笑みがひかれる。
現れるオレリウスの左腕。
相変わらずいかつい腕だが、今更恐怖も何も感じない。それは的。とても大きな的だ。
玲奈は剣を振りかぶる。とうに手慣れた動作は即座に刀身を――
――眩く輝かせた。
スキルの代わりに存在する、アシストの輝き。
片手剣を装備したことで自動的に発動する<片手剣アシスト>が玲奈の動きを補助し、攻撃の完成度を判定する<技量アシスト>が判定を開始したのだ。
刀身の煌きは、<技量アシスト>の発動状態を示している。
攻撃を始めた当初はほんのり色づいた程度だったそれは、特訓の経過と共に、
色を強め、発光をみせ、光輝く剣を成した。
「やぁあああああああああ!」
オレリウスの腕に赤いラインが走る。ダメージを受けた部位に現れるそれは、肘近くから手首まで伸びた。
だが玲奈は満足もせず離脱を図る。次からの攻撃を避けるには移動しなければキツイ。
今度は玲奈の足元が輝く。
刃が頭上を通る。体勢を低くしたまま横に地を蹴り、跳躍力の強化と姿勢のブレを補助する<跳躍アシスト>で一気に距離を稼ぐ。間髪入れずに走る力を強化する<走破アシスト>で、目的のポイントまで駆け抜けた。
SGOにあるアシストの区分は3種類ある。
装備により、片手剣ならば剣を振る上での姿勢など補助をしてくれる、戦闘に必須な<基礎アシスト>。これはジョブのようなものとも言える。
次に、輝くことで攻撃になったかどうかの判定を示し、完成度を加えてダメージ判定をする<技量アシスト>。これこそがプレイヤーの腕次第と言われる一番の所以だろう。
最後に、その他<補助アシスト>。これは決められた初動の動きを取ることで発動する。システム側が認識したことは特定の色付きの発光で分かるようになっている。
どれも補助などは無視することができ、発動中のキャンセルも可能。終了後やキャンセル後の硬直時間などはもちろんなしだ。
さてさて、技量アシストか。
――プレイヤー、何人生き残るかな……。
「たぁああああああああああああ!」
玲奈は走り構える。もう一々構えの場を設ける必要はなかった。いや、そんな場を設ける暇はなかった。
何種類もあるオレリウスの攻撃パターン。動き回るオレリウスと、動き回る玲奈。今では大きな隙を待たずとも、玲奈の斬撃を叩き込める瞬間は幾度もあるのだ。
尻尾を斬り、くるりと回って差し迫っていた刃をかわして斬る。
「よっし!」
イメージ通りの結果に笑みをこぼす。
楽しい、楽しいっ!
乱れ狂う戦闘フィールドに響く、オレリウスの咆哮。だが、時折上がる笑い声にこそ空気がひりついた。
玲奈は攻撃を繰り返す。
スリルが欲しくて、
快感が欲しくて、
――攻撃を。
うーん、たのしいっ!!
掻い潜って掻い潜って、耐えて耐えて耐えて、
斬る!
――堪らないっ!
あははははっ
私って、ドMさんだったのかなぁっ!?
押し寄せる火の玉を気にせず横をすり抜け、奥に見えるオレリウスの足へ。向けるのは、限界まで開かれた瞳孔。
玲奈の脳内を満たすのはアドレナリン。溢れたものからアバターを満たしていく。
言おう。
貴方は天地がひっくり返ろうともMではないと。
斬る、斬る。
斬る、斬る。
だが、どうにも減らないHPゲージ。
流石はレベル35のエリアボス。
斬る。
しかし、確実に削られてはいるのだ。
未だオレリウスのHPは8割を切ってはいないが、既に数え上げることの出来ないほど斬撃が放たれた。ダメージの赤いラインが時間経過で消えなければ、オレリウスの腕、足、尻尾は真っ赤になっても可笑しくない。
繰り返し繰り返し、何度も繰り返された、
玲奈の上段からの斬り下ろし。
それは着実に特訓の成果をみせ、
「はぁああああああああああ!」
最高評価の完成度により、純白に輝く刀身で、
――現状最大のダメージ量を叩き出していた。
……レベル1、初期装備、のだけど。
――☆――
笑う。獰猛に笑う。
圧倒的体格差を持つエリアボスを相手取り、その攻撃の尽くを嘲笑うようにかわし、いかに小さな隙だろうと攻撃を見舞う。
だがそろそろ飽きてきた。
つまらないと感じたのは、自身の上段からの攻撃そのもの。
玲奈は漠然とオレリウスを観察する。
次へのステップを、目の前の相手で確認する。
それは、刃を横に振る動き。
真横の薙ぎ。
玲奈の利き腕は右だ。
同じく体の右からの右薙ぎは、当然右から左へ流す。となれば、薙いだ後の刀身は左にあって、体の前にある右腕を戻さねばならない。
対して左からならば、先に左へ刀身を持っていかねばならないが、刀身を引っ張るように斬り付けて右手側に戻ってくる。
初めての横なぎだ。次の動きやすさを考えるなら、左から。
参考にするのは、オレリウス。
試す相手もまた、オレリウス。
玲奈の細められた瞳は再び隙を探る。
低くうなる尻尾を飛び越え、オレリウスの懐に飛び込み追撃をやり過ごす。
次までの間を、玲奈は逃さない。頭のイメージを掲げ、左へ置いた刀身に力を籠める。残念ながら発光には至らない刀身を目の端で捉えるも、何のことかと意識から離す。
振り下ろされた巨大な刃を握る腕。玲奈は駆け――
眼前の腕に、己の剣をぶち当てた。
手を押し返す抵抗は思いの外強い。柄を両手で持ち、渾身の力で引き抜く。赤いラインが刀身をなぞるように迸った。
今までにない感触に思わず歓喜した玲奈。気づけば目の前から、ラインの入った腕が上方へ移動していく。
立ち止まっている暇はなかった。
程よく開いた正面の道を全力で走り、背後から襲い掛かるもう一つの刃から逃げる。攻撃範囲から離脱しようとするも、僅かに間に合わない。瞬時に<走破>から<跳躍>に切り替え跳ぶ。刃は背中をかすめたが、ポーションが役割を果たした。
――あぁ、まだまだだ。
戦闘チュートリアルを受けてない玲奈は、刀身の輝きの意味を把握しきってはいない。もっと言えば、<走破>と<跳躍>についても使えたから使ってるだけで、基礎アシストである<片手剣アシスト>なんかは存在も気付いているか怪しい。
だからこそ、意識を向けるのは己の動きのみ。
――甘かった。
まずタイミングが、当てに行く位置が、姿勢が、想定が、
だがしかし、
「あそこで立ち止まっちゃダメじゃない。追撃のこと忘れるなんて……。すぐに動いてたら、他で3回は斬れたのに」
自分にダメ出し。
たった今、自身は返り討ちに合うところだった。
だから反省しろと言い聞せているのに。
――血が沸騰してやまないの。
見つけてしまった。
一番欲しいもの。
斬ったときの感触、高揚?
違う。そんなんじゃない。
欲しい。
今のような、
――――命の殺り取り。
玲奈はオレリウスを凝視しながらアイテムリストを開く。
ポーションⅠ×53
ポーションⅡ×25
ポーションⅢ×10
ちらりと確認してすぐ消した。
ゆらり、亡霊のように揺れた玲奈の双眸から、完全に色が消える。
否。
開かれた瞳孔が眼の大部分を占めている。
息を吸う。
――ギリギリの攻防。
精神をすり減らし、すり潰し、
オレリウスと遊ぶには。
闘えばいい。
ヒットアンドアウェイはもう終わり。
経過時間、およそ2時間半。
玲奈はオレリウスを最高の遊び相手と認識。
距離を取って相手を見据え、
「いっぱい遊ぼっ、オレリウス!」
届くようにと張り上げた声は低く、発した内容と釣り合わない。
久々に思い返した自分のアバターとこの状況。色々と異なるけれども、壮大なモンスターに挑む自身は憧れた姿そのもの。
ならば、もっと。
ふさわしくなってやろう。
ここはゲーム。なりたい自分になれる場所。
ここは遊び場。私は――レダ。
「かかって来いやがれっ! オレリウス!」
んと……なんか違う?
玲奈ちゃんはドMでもなければドSでもない、はず
次話、ようやくオレリウスと決着のとき。玲奈の最強プレイヤー伝説の始まりです