7.ここが私の出発点です
「マキ様、お怒りなのは私も承知の上なのですが、せめて朝食を……」
「むー……」
しばらく泣き喚いた後、私は瞼を腫らして食卓につき、それはもう分かりやすいぐらいにむくれていた。
あやしてくれたのはありがたいんだけど、まだ完全にシマさんのこと許してるわけじゃないし。
そう考えながら、わたしは今日の朝食を見る。
スクランブルエッグに焼いたベーコンが3枚、それとレタスの葉ような野菜があったり。赤いスープに、表面が狐色に焼き上げられたトースト、御丁寧にバター付き。
赤いスープはトマトスープだろうか? いや、この世界の野菜に関してまだ全然理解できてないから、安易にトマトスープと決め付けるのは良くないか。
何にせよ、先ほど泣いていたせいもあって、とてもお腹がすいているわけでございまして。
おいしそうな朝食を見て、わたしは生唾を飲み込む。
……うぅ、でもまだ許しているわけじゃないし。
「私が作ったとは言え、食べ物に罪はありませんよ……。それよりもマキ様が腹の虫を鳴らして、倒れてしまう方が問題です。どうか食べていただけませんか」
「……まだ、許したわけじゃないからね」
そう言ってからわたしは、頂きますと言ってすぐにご飯を食べる。くっそう……簡単な料理とはいえ、おいしいのがまたムカつく……。
「う、ぬぬ……許したわけじゃないんだからね!」
「はい、お味は如何ですか?」
「美味しいですぅ……っ!」
「ありがとうございます」
うぐぐ、また掌で踊らされてる気がするぞ……。困ったような顔で笑顔になりやがって。ほ、絆されてなんかないんだからね!
若干手遅れな気がするが、わたしはご飯を食べて、まずは気分を落ち着けるのであった。
一旦部屋に戻って、備え付けてあったドレッサーの前でわたしはぼーっと座る。
先程ずっと泣いたこともあってか、気分自体は晴々としている。のだけど、やられたことを思い出してみると少しばかりムッとする。
あーもう……! いい加減、腹をくくろう。もはや後戻りは出来ないのだし。むしろ新生活がスタートって考えた方が気持ちも切り替えられるはずだ。
一つ深呼吸をして、ドレッサーのミラーの前でわたしは両頬を軽く叩いて鼓舞すると、ドレッサーの上にあったゴム紐を取って後ろ髪をまとめて束ねる。
ある程度調節すればポニーテールの完成だ。
「……うん、これなら気も引き締まる」
ゴム紐のズレがないか確認して、問題がないことが分かったところで、わたしは鼻息をフンスと吐いて気合を入れなおす。
「ここが私の出発点だ。今日からここで頑張るぞー……!」
意気込んで、昨日の寝巻きだったワンピースから動きやすい服装に着替えて、わたしは部屋から出る。シマさんはちょうど皿洗いが終わったらしく、手袋とエプロンを取って、いつもの黒の燕尾服姿になったところだった。
ちょうどいいや。シマさんと話をしよう。
「シマさん、今、お話良いですか」
「……はい」
リビングのソファに座って、対面に座るシマさんを見据える。基本的に無表情なシマさんであるが、心なしかどこかソワソワしているような……。
ともかく、そんなシマさんに対してわたしは、声を掛ける。
「昨日の夢の中で、神様がやらかしたこと、それとシマさんが片棒を担いでいたこと。この二つが分かったわけだけど、何か言いたいことある?」
「……いえ、弁解はございません。上司がやったことがマキ様に不利益になるということは理解しておりました。さらには、私はそのことを隠蔽しようとしていた。昨日の夢の話での通り、私もマキ様を弄ぶようなことをしてしまったことは事実です」
「そうですか……」
「……如何様にも処罰してもらって構いません。マキ様が自害しろと命令すれば、喜んで腹を切り、首を差し出しましょう。全てはマキ様の為……喜んで、この命をマキ様に捧げましょう」
シマさんが立ち上がり、深々と首を差し出すように礼をしたまま静止する。わたしはそれを確認すると、立ち上がってシマさんの側に寄る。
「そっか。それじゃあ……」
わたしは、シマさんの手を取って顔を上げるように促す。シマさんは困惑したような顔でわたしを見つめた。
なんだ、シマさんも案外、人らしい表情をするんだね。
「そんな変な表情しないでくださいよ。わたしは、シマさんに手伝ってほしいんです。この世界で生きていくために、サポートをお願いしたいんです」
「しかし、私は貴方に大変なことを」
「確かに、まだわたしは、シマさんのことを信用しているわけじゃないです。でも、だからといって、シマさんのことを知ろうとしないと、いつまで経っても信用なんて出来るわけないじゃないですか」
握っていたシマさんの手にギュッと力を込めて、私はそう伝える。いつまでもこのままでいたって、先に進むことなんて出来やしない。
「だからわたしは、シマさんを知りたい。そしてこの世界のことをもっと知りたいんです。そのお手伝いを、してくれませんか?」
そういうと、シマさんはゆっくりと恐々と、わたしの手を握り返してくれた。その後一息吐くように呼吸を整えて、柔和な笑顔で微笑んでくれた。
「はい……私はマキ様のサポートであり、貴方の右腕です。貴方に全力で付き従うことを宣言します」
「うん、よろしい」
まだわだかまりはあるけれども、まずは一歩。一歩ずつ確実に歩んでいけば、何をしたいのか、きっと分かるはずだ。
……相変わらず、自己犠牲の精神は重たくはあるのだけれど。それはまあ、これから。
閑話
「シマさんの手にある肉球ぷにぷにしてて気持ちいい……癖になりそう」
「マキ様、そろそろ手を放してもらえるとありがたいのですが」