幕間.あれが私の愛し子と彼の手足だったもの
「いい加減、狸寝入りはやめなさいよアンタ。それともアンタの手足が奪われて泣き寝入りしてんの?」
「僕の虎……」
気の弱いこいつを、私は作り上げたソファーの上に乱雑に放る。いつの間にか解けていたのか、ロープはバラバラに、猿轡は彼の首にまで落ちていた。
グスンと鼻を啜る音が聞こえるが知ったことか。私はアンタに私の世界の愛し子を取られたのに。
「アンタがアンタの為に虎坊を作ったのに、その虎坊にアンタは裏切られて、真希ちゃんが虎坊に名前を与えてしまった。恐らくは虎坊だって、名前を与えられる意味を理解した上で、真希ちゃんに名をつけてもらったんでしょう。いい気味ね。私はアンタに私の愛し子を取られて、アンタは私の愛し子に手足をもがれた」
「うぅ……だって君に怒られるのが一番怖かったんだ……君、すぐに縛り上げて滅多打ちするじゃないか」
「だからって隠そうとするんじゃないよ、身勝手なこと極まりない。大体、アンタだって終盤喜んでるじゃないの」
利害は一致しているのだから、そこは素直に感謝しなさい。……じゃなくて、今後のあの子達だ。
真希ちゃんは恐らく分からないだろうが、虎坊――シマ君に名前を与えたことによって、シマ君はこいつの手足ではなく、真希ちゃんの所有物ということになってしまった。手足をもがれたこいつは、あの世界に直接手を下すことも出来なくなり、ただ見るだけのシステムとなってしまったわけだ。
まあこんなややこしいこと、真希ちゃんに言ったところで、だからどうしたのって話になるのは大いにありえるのだが。
しかしまあ、そうなってくると。いよいよ、あの世界の決定権はシマ君に、いや真希ちゃんに本格的に委ねられることになるわけで。
「本当に、面倒なことになったわねー……私、隠し事とか嫌いなんだけど。まあ、あの子なら変な気を起こすなんてことはしないだろうし、大丈夫だろうけども」
「嘘だぁ……言葉にはしてなかったけど、あの子尋常じゃない殺意をビシバシこっちに向けてたよぉ」
「アンタ反省してないでしょ。普通ならボコボコにされてもおかしくないわよ」
聡いし、気は強いけど、温厚な子。例えそんな子でも、帰してもらえないと分かれば、憎悪の念を抱くことなんて、難しいことではないだろう。私だったら……うーん、私は真希ちゃんではないから、そういうことを考えるのは野暮だろう。
何より、立場が違うから、同じようなことを考えるのは難しいことだ。
シマ君があの世界を崩壊させるということはほぼないだろう。やろうと思えば彼でも出来なくはないが、曲がりなりにも彼本人が、ほぼ無意識のうちに作り上げて、愛すべきだと植えつけられた意識で作り上げたあの世界を、おいそれと自分で感情のままに壊すことなどまず出来ないだろう。
――まあ、真希ちゃんが壊したいと思えば躊躇なく壊すだろうけど。
「……今はまだ、泣いていいのよ。これから貴女は、幾度となく壁にぶつかり、その度に乗り越えていくでしょう。泣いていられる余裕なんてないほどにね。幸せであるべきよ……こんなことで不幸になってはいけない」
手元の端末に映る光景を見て、私はそう呟く。
たくさんの者に出会いなさい。それは全て貴女の糧となる。そうなるように、私は貴女を祝福したのだから。
「僕はどうすればいいの……?」
「反省の意味を込めて、ただ黙って行く末を見守りなさい。ここから先はあの子達の世界。アンタが手を出すことなんて、出来はしないのよ?」
そう、ここからはあの子達が自分で、自分の世界を作り出していく。私達が口出しすることなんて出来やしないのだ。
さて、そうと決まれば、私とこいつはここから離れるとしましょう。
「はーい、それじゃあオシオキの続きするわよー」
「嘘ぉ!? なんで! アレでお終いじゃないの!?」
「あの程度で終わるわけないでしょうが。アンタが泣いて許してって言っても止めないわよ」
「嫌です! やめて! どう考えてもその言い方だと蝋燭とか電気ショックだけじゃ済まないじゃないか!」
「今日は奮発してアレやコレやするつもりだったんだけれど、そんなにご所望ならしっかりとやってあげるわよー」
「イヤアアアアアアア!! ごめんなさいいいいいいいいいいいいい!! もうしないからあああああああああ!!」
19/07/12 一部誤字修正。誤字報告ありがとうございます。