6.ここでバレてしまうのです
いつもよりちょい長めな上に、若干暗め。ご注意を。
「あぁ、良かった。ようやく呼び出せたよ」
聞き覚えのない声が聞こえて、わたしは目を開けると。そこに広がっていたのは、白い何もない空間でした。え、どこ、ここ。
あー違う、良く思い出したらここは確か。わたしが神様とシマさんに最初会った場所に似ている。
そう理解すると同時に目の前に広がる光景を見て。
「えぇ……」
目の前の光景に絶句する。
スーツ姿のキャリアウーマンっぽい女の人が教鞭を持ち、ここに呼ばれた際に出会ったスーツ姿の神様を、亀甲縛りに手足を縛り上げて目隠し猿轡で宙吊りの状態にして教鞭でしばいていた。なんでわたしはこの人たちの性癖を見せ付けられているのだろうか。
「そのまま、それを切り刻んでもよろしいでしょうか?」
「丹念に縛ったのが切れちまうからやめな」
わたしの隣にいつの間にかいたシマさんが、手甲に鉤爪のついたものを装着して女の人に確認するが、女の人はダメだといった。
縛り上げた方を心配するのか……。
「え、えぇと……これは一体?」
「あぁ、ごめんね真希ちゃん。今こいつに調きょ、反省してもらうべく罰を与えていたところさ」
女の人が教鞭を一発、反り返った神様の胸にめがけて鋭く打ち据えると、神様がモゴモゴと悲鳴を上げる……あれ、よろこんでない?
それよりも、何故この人はわたしのことを知っているだろうか?
「そりゃ、真希ちゃんが元いた世界の神様だからさ」
「思ってること読まれた!」
わたしが考えていることを読んで返事をする女の人を警戒しつつ、わたしはシマさんの方に目を向ける。
それに気付いたシマさんは一つ頷くと口を開く。
「マキ様が元々いた世界の女神様で間違いありません。うちの上司の旧知の仲ですから、私も知っております」
「腐れ縁だよ、こんなの。虎坊もそこはちゃんと理解しな」
「失礼しました」
淡々と言うシマさんと、うんざりとしたような女神様を見てから、再度そこで転がっている神様を見る。
頭をガシガシと掻いて、面倒くさそうな顔をする女神様はわたしを見て一つ溜め息を吐く。
「さて、真希ちゃんを呼んだのは私なんだけど……どういう話か想像つく?」
「えぇ……? えーと、そっちの世界に忘れ物とか?」
「ははは、暢気だねぇ。――なあ、虎坊?」
「……」
シマさんは顔を顰めて押し黙る。
モゴモゴと先程から神様が女神様に訴えかけているが、女神様は神様の腹に鋭い蹴りを入れて黙らせる。
……えっと、神様死んでないです?
「単刀直入に言おうか真希ちゃん。君は、君が本来いた、私の世界で死んでしまった」
「あ、はい……電車にはねられて、ですよね」
確かに、わたしは電車にはねられて、死んでしまって、ここにいる。死ぬ瞬間のことをちゃんと覚えているわけではないが、その光景は凄惨なものだろう。
……なにか嫌な予感がする。
「そうだね。勢いで跳ね飛ばされた衝撃で体はバラバラ。即死と判断されてもおかしくない……。医学がどれほど進歩したのか、最近は碌に確認してなかったから分からないから、どうとも言えないけれども。……ここである仮定の話をする。私の世界では、基本的に魂に対しての入れ物はそれ一つでしかない。そんな中、君の体は不幸にもバラバラとなってしまい――」
「おやめください女神様、それ以上その話は……!」
「黙りな、虎坊」
シマさんが不自然に話を遮るが、女神様が鋭い視線と言葉でそれを制して話を続ける。
あぁ……そっか。最初に不自然に感じたのはこれのことか。
「さて、質問だ……バラバラで元に戻せなくなってしまった君の入れ物が、君を受け入れて、私の世界に帰ってくることが出来るかい?」
無情にも、告げられる、質問ですらないその答えが、わたしに突き刺さる。
それは、なんて言うまでもなく。わたしはその意味を理解できてしまっていた。
思えば、本能的には理解できていたのだろう。最初の諦観も、流れに身を任せていたことも。
わたしは、もはや元の世界に戻ることはできない。
「……そういうことだ、聡い子で嬉しいよ。さて、この話は続きがあってね……私も、このバカに一時的に世界の管理を任せていたのが良くなかったのだが、こいつが更に悪さをしやがってね」
ゲシゲシとその神様を蹴りながら女神様が話を続ける。
「手違いを修正するぐらいはわけもなかったんだがね……テンパったこいつが、君の魂をこいつの世界に転移させて、こちらでの、真希ちゃんの魂そのものをなかったことにしてしまったのさ」
「えぇと……それをすると、どうなるんです?」
「あれ、案外普通だねぇ。聡いし気が強い子はモテるぞぉ」
拍子抜けした女神様は近寄って、わたしの頭を優しく撫でる。とても慈しむような、優しい顔だった。
決して、気にしてないわけではないんだけど……となりに、すごく剣呑な顔つきのシマさんがいると、逆に嫌でも落ち着くというかなんというか。
「虎坊、いつまで私を睨んでるのさ。いつかはバレるんだから、早く言っておいた方が良いだろう?」
「――そういう大人気ないところも含めて、やはり神というのは嫌いです」
「言うねぇ」
豪快に笑いながら、女神様はシマさんも撫でる。こちらは豪快に、ワシワシといった具合に。
嫌そうな顔で頭なでを受けるシマさんは、ゴホンと咳払いをして話の続きを促した。
「ま、簡単に言ってしまうと私の世界にいた、七草真希は存在しなくなったのさ。誰からも忘れ去られる。忘れるというか、なかったことにされるというか」
「なかったことにされる……」
誰からも忘れ去られる。それはつまり、わたしを育ててくれた親からも忘れ去られるということだ。
大人気ないと。シマさんが言うのも理解できる。
「魂の行く先の決定権がこいつに移ると、流石に私でも修正不可能なわけだ。もはや君を知る者は、私以外にあの世界にはいない。そういうことを、このバカはしでかした……そして、虎坊も、その片棒を担いだ」
「……全て、理解の上です」
……まんまと掌の上で転がされたというか、巧妙に隠されてパクられたというかなんというか。わたしはシマさんの目の前に立ち、しっかりとシマさんを見据える。
シマさんは申し訳なさそうに伏し目がちになっている。
申し訳なさそうに? どうしてシマさんがそんな顔をするんだ。どうして貴方がそんな顔出来るんだ。貴方の意思ではないのか。もう、分からないことだらけじゃないか、そんなの。何がホントで何がウソか、正しいことなんて、わたしには分かりはしないのに、知っている貴方がそんな顔をするの。
言いようのない悔しさに唇を噛み締め、その顔を、わたしは思いっきり平手で叩く。
辺りに空しくシマさんの頬を叩く音が響く。
「あらー……強烈ね」
女神様が横から顔をひくつかせながら、わたしのやった行為を見るが、気にせず言葉を掛ける。
「今は……これで許します」
そう言ってわたしは、女神様に振り向く。
少しだけではあるが、気分が落ち着いた気がする。
「……女神様は、この後どうするんですか?」
「ん。後はそこで気絶してるバカが起こした事後処理だけかな。今なら真希ちゃんの魂を、最初からやり直して、無理やりにでも私の世界に戻すことも出来るけど、元通りにはならないよ」
それは結局、良い様に遊ばれてるだけな気がするし、わたしとしても気が進まない。
……やっぱり、あの世界で暮らすしかないかぁ。
「……よーし、それならあいつの世界のやつをちょちょいと弄って、真希ちゃんに素敵な効果を付与しちゃおう!」
「え?」
「確かこの辺にー……うわ、なんか触った。気持ち悪っ……あぁ、あった」
女神様がそう言って、神様のスラックスのポケットから何か端末を取り出して、それを操作し始める。するとわたしの体がわずかに光り始めた。
え、なにこれ怖いんですけど。
「私から真希ちゃんに素敵なプレゼント! やっぱりこういう転移モノとなるとチートは欲しいところよねぇ」
何気にかなりノリノリな女神様。やはり元いた世界の影響なのだろうか、そういうのが好きだったりするのだろうか?
「素敵なプレゼントっていうと?」
「んふふ……あの世界って魔法のある世界でしょう? だから真希ちゃんにも魔法が使えるようにしてみました!」
「お、おお……」
それは願ったり叶ったりというかなんというか。これでシマさんみたいに魔法が使えるのか。
「後はその他諸々、オプションガン盛りって感じだけど……まあ、それは、そのうち分かるでしょう」
笑顔でしてやったりって感じの顔をする女神様は、一通りの操作を終えたのか、神様のスーツに乱雑に端末を入れる。
その時に神様の頭を思いきり叩いたのを見て、少しばかり気が落ち着いた。
「多分まだ、心の整理がついてないと思うけど……これで真希ちゃんは、あの世界に完全に住むことになってしまったわけです。ホントに大丈夫?」
「大丈夫ですよ、きっと何とかなるはずです」
わたしが笑顔で答えると、女神様が少し悲しげな微笑を浮かべる。
「……そっか。分かりました。貴女の旅立ちを、私は祝福します」
女神様がそういうと、暖かな光がわたしを包む。
「何かあったら、虎坊……シマ君に言いなさい。最初は信用できないかもしれないけど、その子は君のためなら何でもしてくれるはずだ」
女神様が言うとともに、シマさんが深々と私に礼をする。
「わかりました、ありがとうございます」
「ふふ……それじゃあ、頑張ってらっしゃい! 影ながら見守ってるわよー」
そう言って女神様が吊られているロープを切り、神様を地面に叩きつけると、すぐに首根っこを掴んで奥へと消えていった。
……そろそろ、目が覚めるのだろう。ここでの意識がおぼろげになっていって、視界が暗く沈んでいった。
目が覚めると、そこはふかふかのベッドの上でした。
あぁ、うん……窓を見るに、朝か。
むくりと気だるく体を起こし、ライトスタンドのところに置いてあった、呼び鈴を摘みあげると、軽く振って音を鳴らした。
1秒1秒、側にあった時計を見ながら待っていると、20秒ぐらい後に、シマさんが扉を開けて、わたしの近くにやってきた。
「おはようございます……マキ様」
「……っ」
シマさんに抱きついて、わたしは顔をシマさんの燕尾服に押し付ける。
この場にいることを理解し、向こうの世界には2度といけなくなってしまったということを理解して、わたしはただ嗚咽を漏らす。
どうしてわたしなんだ。わたしが何をしたって言うんだ。普通に暮らしていただけなのに、どうして。どうして。
その言葉が浮かぶと、もはやそればかりしか浮かばなかった。やるせない気持ちが、悔しさにも似た気持ちが胸の中を埋め尽くす。
何度も何度も、言葉が浮かび上がるたび、シマさんに抱きついていた手でシマさんを叩く。
シマさんは何を言うまでもなくただ黙って、それを受け入れてくれた。
あの場では何を言ったって無駄だということも理解できた。
だってそうでしょう。あの話は全て終わってしまっていたこと。わたしのことなのに、わたしの知らないところで勝手に決められていたのだから。
諦めるしかないじゃない。そんな考えることの出来ない場所で、そこで泣くことなんて、できるわけないじゃない!
「どうしてわたしなの!! どうして、どうして……っ!!」
「……っ」
シマさんがわたしを抱きしめる。その手はとても暖かかった。