5.ここでわたしは寝るのです
「慣れない作業で御疲れかと。湯浴みの準備が出来ておりますので、是非ご利用下さい」
いい感じに時間が経ち、外もふわふわと浮かぶ光以外では、見通すことができないくらいに暗くなる。
シマさんがお風呂を用意してくれたらしいので、お言葉に甘えて先にお風呂に入ることにした。
んー……なんか、色々と忘れている気がする。
別に記憶喪失って程ではなく、しっかりと自分が誰だとか、そこら辺に関しては問題なく覚えている。
でも何故か肝心な部分……そう、神様と話をしていた時の記憶がどうにも曖昧なのだ。記憶を辿れど、なかなかしっかりとした内容を思い出すことが出来ない。
んーすごいもやもやする。
「ファンタジーかぁ……いよいよ、現実じゃない気がしてきた」
備え付けられたシャワーの流れを止めて、湯の張られた浴槽に入る。うーん、適度に熱い。
感覚があるのだから、これが夢というわけではないはず。ほっぺた抓っても痛いし。
「はぁ……やっぱり現実だよねぇ……」
ついたての所にいつの間にか置いてあったタオルで体を拭いて、服を着ようとして。ふと気付く。
あれ、そういえば私ずっと学校の制服でいたのか。どんどん話が進んで服とかそれどころじゃなかったか。
まあ学生服は別に、どうだっていいんだけれども。えーっと、このワンピースはシマさんが用意したのだろうか……?
サイズはピッタリなんだけど、いつの間に測られたのだろうか。とりあえずこれで出るしかあるまい……。
「寝室の準備は、既に出来ております。本日は御疲れでしょうし、早めに就寝なさるとよろしいかと……はて? 如何なさいましたか、マキ様」
「……い、いつ測ったんですか」
「はい?」
恐る恐るシマさんにサイズのことを聞いてみると、シマさんがしばらく思考して、合点がいったのか眉間に皺が寄りはじめた。
「……申し訳ございません。全てあのクソ上司のせいです。用意されていた服に、ある程度疑問を持つべきでした」
あ、良かった。シマさんが用意したわけじゃないのか……。
安堵すると共にわたしの中での神様の株が急激に落ちていく。なにをやっちゃってくれるのだろうか、あの神様。
個室に案内されて、衣装タンスを確認。学生服に学校指定のジャージ、ある程度のわたしの私服。どこから確保したのか良く分からないけど、まあこれは素直にありがたく思うことにして……。
「チャイナドレス、看護服、ミリタリー……えーと、これなに」
「やはり殺りましょう。その方がマキ様の精神衛生を保つのに一番よろしいと思われます」
ちょっとお灸を据えてやった方がいいかもしれないと思ったけど、シマさんはマジな方でやると思うからやめとこう。
コスプレ紛いの、というかコスプレそのものみたいなものまで追加されていて、わたしは引き気味にそれらをシマさんに渡して焼いてもらう。
個人的に、普段使い出来そうな服とかを残して、衣装ダンスを閉め、ため息を吐く。
1日で色んなこと起こりすぎだろ……。
「……その、ご愁傷様です」
ほらもう、イレギュラー要素てんこ盛りで、ここまで言いよどまなかったシマさんが混乱してらっしゃいますよ。逆にレアなんじゃないでしょうか。
「本日だけでも、マキ様の想像を超えるようなことが多々あったかと思われます。お休みしたほうがよろしいかと」
「そうですね……今日はもう寝た方がいいかも」
どっと疲れが込み上げ、わたしは部屋にあるベッドに、顔面からダイブしてもぞもぞと掛け布団に潜る。
ふかふか低反発、寝返り打っても優しく包み込むようにしてくれて、苦しくない……。こ、これは、人をダメにするベッド……!
「おやすみなさいませ、マキ様……何かありましたら、ライトスタンドのところにあります、呼び鈴を鳴らしてください」
「はーい……おやすみなさい」
布団をしっかりと掛けてわたしの声を聞くと、シマさんは柔らかく微笑んで部屋から出て行く。
……忘れていそうなことがたくさんあるかもしれないけれど、また明日考えることにしよう。
そうまどろみながら考え、わたしは意識を投げ出すのであった。
筆が乗ったので連投。
さて、ストックがなくなってしまったぞ……。