14.これが魔族と精霊の関係です
シマさんがいつも通り作ってくれた朝食を食べ、身嗜みを整えてからウォフルさんの方を確認しにいった。
ウォフルさんはわたしに対して軽く挨拶を交わした後、余った木材を置いては確認を繰り返し、ようやく納得いく間取りが決まったのか一息ついていた。
ウォフルさんの足元では、地面に置かれた見取り図を見てあーでもないこーでもないと言った具合に身振り手振りをするノーム人形隊がたくさんいる。
「余った木である程度、家の範囲は決めてみたが……これはしばらく時間が掛かるのではないか?」
「あ、あはは……人形隊さんでも流石に家を作るのは時間掛かっちゃいますよ」
「むう、見た感じ、マキ君の家はまだ真新しいが?」
「えぇっとーほら、シマさん結構綺麗好きですし、新居同様にピカピカにしないと気がすまない人でしてー」
苦し紛れにわたしはごまかしを入れてわたしのシマさんの家に関してはうやむやにする。この様子を見る限り、たった半日で出来上がってしまったあの家は、やはりファンタジー世界でもイレギュラー極まりない存在なのだということが頷ける。
あーいや分からないけどね? もしかしたら魔族の方は案外ローテクだったりするかもしれないし!
この世界の人間はもしかしたら、1日で仕上げられるような技術力を持っているかもしれないし! だったらシマさんが半日で家を仕上げるなんて普通なのかもしれないし!
「あれなら半日で済ませましたが?」
「なんと……あれも魔術か!」
「あぁ、ささやかな誤魔化しを木っ端微塵にしていく!」
空気を読まずにシマさんがそう言うと、玄関先の切り株の上で、人形隊が置いていく木を斧で割って薪にしていく。あぁもう、これもう誤魔化せないじゃん!
「彼がここに住んでいく以上誤魔化したところで、そのうちボロが出るのがオチです。 ウォフルは貴方に仕える召使なのですから、信頼関係を築くためには隠し事なんて出来ませんよ」
「俺の立場はマキ君の召使なのか……あぁいや、ここに住む以上は君達に従うが」
魔術や精霊術のためならば、とウォフルさんは意気込むが……。魔族ってもっと俺様ーって感じの貴族っぽい人達じゃないの? 大丈夫なのウォフルさん。
ウォフルさんの意気込みを見て、薪割りの手を止めたシマさんは何やら考え込んだ後に、ウォフルさんに向かって一つ提案をする。
「ふむ、それならばまずは三回回ってワンって鳴いた後に、わたくしめは愚かな犬畜生でございます。女神マキ様の慈悲にして裁きを、わたくしめにお与え下さい女神マキ様。と言ってみましょうか。なに、これは通過儀礼にしてご利益みたいなもの。この程度の礼を以ってすれば魔力は鰻上り間違いなし、魔術や精霊術への道も明るくなること間違いないでしょう」
「そんな通過儀礼あってたまるもんですか」
「わ、ワン、ワン、ワン! わ、わたくしめは愚かな犬畜生でございま」
「ウォフルさんも言わなくていいからね!? そんなご利益ないから!」
魔術や精霊術になると途端にダメな人になるなこの人は!
「薪割りはこんなものでしょう。ウォフル殿、家の見取り図みたいなのが出来てるのであればノームに後は任せてみてはいかがでしょうか?」
「精霊に頼むのか、確かにそれは手っ取り早いかもしれないが……」
シマさんの提案にウォフルさんは表情を暗くする。何か不都合でもあるのだろうか?
『なんでお前さんのクッソ不味い魔力を喰わなきゃならん。魔族の魔力なんざお断りだ』
もぞもぞという音と共に、地面に穴が空いたかと思えばノームおじさんがしかめっ面で現れて切り株に腰掛ける。
「へ? 不味い?」
「あぁ。ノームのみならず、精霊は皆、魔族の魔力を嫌っているのでな。それ故、魔族は精霊術を使うことが出来ないんだ」
溜息混じりにウォフルさんが言って、申し訳ないがとシマさんに断りを入れる。
「ふむ、聞いていた噂どおりと言ったところでしょうか」
「分かった上で聞いたなら、シマさん相当性格悪いと思うんですけど」
「失礼しました。私も魔族に直接会うのは初めてなものでございまして。つい好奇心が出てしまいました」
悪びれた様子の変化もなく、わたしにシマさんは一礼して非礼を詫びる。ホントに謝る気あるのだろうかこの人……。
「まあ、魔族と精霊が相性悪いことは分かりきっていたからな。それほど気にしちゃいないよ、マキ君」
ウォフルさんも大して気にした様子もなく、また見取り図と現物を見比べてはどれぐらいの手間暇が掛かるかを考え始める。
精霊が魔族の魔力を嫌っている、とは言っていたけどどうしてなんだろう?
「んー……ノームおじさん、どうして精霊さんは魔族の魔力を嫌っているの?」
『あー? そんなら、お前さんは自分の糞や垢を喰らうやつの血なんているか?』
「んん? どういうこと?」
何やらよく分からない上に少し汚い感じのたとえ話が出てきてわたしは首を傾げる。
自分の垢を喰らう? ……垢を食べてくれる魚のこと?
「魔族は、選んだ対象の魔力を奪って糧とすることが出来る、吸魔とも呼ばれる存在です。しかしながら多くの場合、その領域に存在する精霊の魔力や、魔力の残滓を糧として魔力を生成するんです。精霊は自分の魔力の残滓なんて、改めて取り入れることはしたくないんですよ」
『もちろん、俺らの好きな人間から奪った魔力を吸うなんてのも論外だ。そんな外道の魔力なんか貰いたくもねえな』
「あー……垢を喰うってそういうこと……」
話を聞いていたが、なんとなく夏に湧く血を吸うイヤらしい虫が浮かんだが、そのイメージをさっさと掻き消す。そっかぁ……魔族さんは魔力をそうやって生成するんだなぁ。
ん? それじゃあ、わたしがノームおじさんに魔力をあげて、家の建築を手伝うように願えば良いんじゃないかな?
そう考えていると、ノームおじさんが心底嫌そうな顔をしつつも口笛を一回地面に向けて吹く。
『お嬢さん。お前さんはちっと、魔力の制御ってのを覚えてくれねえかい? 恐らくは無自覚なんだろうけども、考えただけでお前さんの魔力が勝手にこっちに来るんだ……。こいつの家を作ってくれってな』
「ふぇ? え?」
辺りでボコボコと穴が空いて、とんがり帽子をつけた、ノームおじさんに似た小人さんがわんさか出てくる。
すごい雄たけび上げてハッスルしてるけど、これもしかしてわたしの魔力がノームおじさんに勝手にいっちゃった?
「……次はマキ様に、魔力制御の方法についてお教えする必要がありますね」
『よろしく頼んますぜ? さて、そこの犬っころ! その見取り図こっちによこしな!』
「お、おぉ……承知した」
ウォフルさんから見取り図を奪い、ノームおじさんが手早くテキパキと人形隊や他の小人さんに指示をし始める。
「……なるほど、こうやってあの家を完成させたのだな。ならばあの家の出来具合や工期にも納得がいく」
「えぇ。ここが人間の良い所、ですね」
「あー……あははー。そうですね……」
いけしゃあしゃあと笑顔で毒と誤魔化しを入れていくシマさん。信用大事とか言っている人が一番信用ならないやんけこの人ぉ……。
もはやここから話を修正するのも非常に面倒なので、わたしは曖昧に笑うだけなのであった。
そろそろ次の話に進みたいところ。