幕間 これが俺の望んだ世界
ウォフル視点 そんでもって短い
精霊術や魔術を学びたくて、住んでいた魔族領を出た俺は驚きの毎日を送っていた。
やはり魔族領という場所は学ぶには適さないし、あの領域は広い世界のようでいて、狭いところなのだろう。
魔族が最上位存在?
あのドラゴンさえも超越する力の化身?
この森に足を踏み入れた途端に、そんな妄言は驕りなのだと思い知らされる。それほどまでに、魔の森に住まう精霊たちや妖精、魔物たちは力を有していた。
「所詮は俺も、井の中の蛙だったということか」
自分が住まう場所の区画取りを終えた頃には、辺りは夕暮れ。
いくら光の精霊がいたるところで漂うのだとしても、そこは森。やはり夕暮れになってくればある程度見通しも悪くなってくる。
森の切り株に俺は腰掛けて、休憩とばかりに組んだ焚き火を見ながら一つ溜め息をつく。
ふと、自分の腕を見る。そこにはかつてつけた古傷があったはずなのだが、今では傷一つない綺麗な獣の毛並みが見受けられた。
やはり、世界は果てしなく広い。マキ君なのか、シマ君なのか良くは分からないが、どちらかが俺の体にあった古傷ごと、怪我をしっかりと治しきってしまったのだから。
人間の間で生まれて、魔族に伝聞された精霊術や魔術での治療では、ここまでの効果を発揮するものは存在しなかった。
治療術では傷はゆっくりと治っていくもので、傷跡が残ることは当たり前。
治療術をすればするほど後遺症が残りやすくなる。
毒はいくら治療をしても少量だけ残り、それを媒介にまた体を蝕み始める。
呪いなんて受けてしまえば、その呪い主を殺さない限り永遠に残る、というのが当たり前であった。
それなのに、俺の傷だらけの体は今やどこにも傷なんてものが存在せず。魔族領の中で受けていた毒も体の何処にも存在しない。
俺に掛けられた、精神を狂わす、魂に刻みつけられた魔弱の呪いも、今や意識の中には何処にもない。
「まるで奇跡。神による奇跡みたいじゃないか」
伝承の中では。神は精霊から力を借りて、あらゆる傷をたちどころに綺麗に治し。毒を浄化し、呪いを消し去ることが出来ると言われていた。
もしそうなのだとすれば、あのどちらかは神様……あるいは両方とも神様なのだろうか?
オーガベアーはマキちゃんを女神と敬っていたが、やはりマキちゃんは女神なのだろうか?
「どうなんだろうな、チビスケ」
「わふ」
座っていた俺の膝に乗っていたチビスケは一鳴きして、尻尾を軽く揺らす。
……いくら魔族といえど、やはり魔物と意志を疎通することは出来ず、チビスケの真意は分からなかった。
女神様、かぁ。
「俺を救ってくれた女神様、だよなぁ」
「わん」
温厚だけど気が強くて、どこか天然っぽい感じがするあの女神様は、何故か俺の心を揺らす。
魔族の一人に呪われて以来、とうに捨ててしまったと思っていた心が、静かにまた動き出し始めているのを実感する。
意識すればするほど、マキ君のことをもっと知っていきたいと思っている。
あの花が咲いたような笑顔を、あの愛らしい子を、守っていきたいとさえ思える。一目惚れというやつなのだろうか? 魔族が? 人間に?
そう理解をし始めると、ゾクゾクとした感覚に俺は襲われる。
嗚呼、そうか。俺は単純に。
「好きになってしまったんだな」
理解すると、ストンと、何かが俺の中で落ちる。精霊術や魔術を彼女らから学びたいのは建前だとしてもいい。ただ俺はあの子を守りたい。
……まあ、そんなことがシマ君にバレてしまえば、俺は簡単に殺されてしまうだろうが。
「シマ君のあれは……崇拝? 畏敬だろうか?」
彼女のことを敬い、最上の者としているが、なんだか人間味を感じることが出来ない。敬いこそすれ、そこには恐れのようなものを感じる。
そんな彼女のことを、彼は騎士のように守ろうとしている。
嗚呼。あの女神の隣には、俺こそが相応しいのに。
邪な考えが俺の頭を過ぎるが、頭を軽く振ってなかったことにする。無理な話と言うものだ。
そう考えていれば、ふと、あの家の戸が開いて、俺が聞きたかった声が聞こえるではないか。
「ウォフルさーん! お夕飯できたんで、一緒に食べませんかー?」
彼女の声がすれば、チビスケは膝から飛び降りて、真っ先に彼女のところへと駆けていく。
ふむ、ふむ。
「ああ。そしたら今日はここまでにしよう」
何も作ることが出来ず、焚き火をただ燃やしていた俺は、火に土を掛けて消す。
明日は恥を忍んで彼女達に家作りを手伝ってもらおう。そう思いながら俺は彼女の家へと足を向けるのであった。