12.これが従者の力です
「ふむ。防犯対策で施した家の強化が早速役に立ちましたね。魔法による爆撃であろうと、砲弾による物理的な破壊であろうと受け付けないので、ご安心下さい」
「いやーあのー。冷静に言っている場合じゃないよね……」
木製とは思えない、鈍い音が聞こえるものの。内側から見る限りは特に異常が見当たらない扉は、先程からオーガベアーの猛攻を悠然と構えて受けている。
やっぱり魔法で強化したのかなとか、一瞬どうでもいいようなことを考えたが、すぐに首を振って現実を見据える。
「俺の血の臭いを辿ってついてきたか……すまない、どうやら俺のせいだな」
「あぁえっと、気にしないで下さい! 相手も野生(?)の熊ですし、そういうこともあると思いますって」
いやまあ、玄関の前に律儀にぼーっと突っ立っている熊がいるってので、だいぶ驚いたのだけれど。申し訳なさそうに言うウォフルさんに、気にしないようわたしは対応する。
うーん。しかしあの熊さんどうしたもんかな……家の前に待ち伏せするとか全然想定してなかったよ。
「ご安心下さい。流石に私も、玄関前で出待ちされているのは想定していなかったので、つい閉めてしまいましたが。相手を確認できれば、どのような行動をしているかぐらい、把握は容易です」
「……ほんと?」
「勿論ですとも。下がってください、マキ様」
苦笑い気味に言うけれど、シマさんはそう断言して、扉に手を添えて静かに何かをつぶやく。
しばらくブツブツとシマさんが呟いていたが、扉の表面を横に滑らすように手でなぞると、扉にびっしりと幾何学的な模様が浮かび上がる。
「防衛機構、起動。対象を捕縛しろ」
そうはっきりとシマさんが言うと同時に、蝶番が壊れる音と共に勢いよく扉が外に弾かれて、目の前にいたオーガベアーもろ共、外の木が大量に積まれたところへと、飛び出していく。
モゴガァ!? とかなんかすごい叫び声が聞こえたような気がする。
「空き巣や強盗などが入ろうとした際の、防衛機構を使って捕縛してみました」
「ふ、吹っ飛んだオーガベアーが木の扉にすまきにされる……。え、何あの木の扉、こわっ」
オーガベアーは必死に、すまきにしている木の扉を破壊しようと試みるものの、ギシギシという音が聞こえるだけで抜け出せる気配はない。
遠目から見ても結構でかく見えるあたり、やっぱりとんでもなくでかいんだろうなぁ……。最初見たとき、玄関から熊の頭見えなかったし。
なんてぼんやりと目の前の光景を見ながら考えていると、わたしの後ろから何やら驚いた声が聞こえる。
「これは、どういうことだ? マキさん、シマ君は魔術具を扱う天才なのか!? あんな魔術式も魔力も見たことがない……いや、そもそも、魔術じゃないのか?」
「へ? え、えーっと、魔術? いやその、わたしに聞かれても……」
「詳しく教えてくれ! 長年、人の作り出す魔術具や精霊術を見てきたが、あんな魔術具も精霊遺物も見たことがない! まさか精霊術と魔術具の複合が、ついに完成されたのか……!?」
ちょ、ちょっと怖いんですけど!? 落ち着いてくれないかな、ウォフルさん!
温厚そうなウォフルさんが、まるで人が変わったように食い気味にわたしに聞いてくる。それに対してわたしが答えられずにオドオドとしていると、わたしとウォフルさんの間にシマさんが即座に割って入ってきた。
……鋭い音を立てて、ナイフをウォフルさんの喉元に突きつけながら、だが。
「なっ……」
「……お熱くなられているところ失礼します、ウォフル殿。魔族領ではさぞや、名のあるウルヴヘジン族の方なのだと推察しますが、あいにくと、ここはマキ様の領域。マキ様への無礼は死に繋がると心得た方がよろしいかと」
ぞくりとするような、人一人殺せるんじゃないかってぐらいの殺気と、ナイフをウォフルさんに当てながらシマさんは淡々と告げる。
いや即座に入ってくれたことまではわたしも安心したんだけど、そのナイフ! またかシマさん! さっきもやったでしょ!
「シマさんそれホント危ないから! ナイフはしまって!」
「しかしマキ様。マキ様を困らせる者などいっそ一思いにやってしまった方が――」
「いいからしまう!」
「承知しました」
またしても渋々といった具合に、シマさんがナイフを懐にしまう。ジト目でしばらくシマさんを見て、小さくため息をしたのち、ふと、先程から放置されているオーガベアーが気になったのでわたしはそちらに目を向ける。
……えぇっと。諦めたのか、すまき状態でゴロゴロしてるね、熊さん。
「あー。えーっと。ひとまずは、あの熊さんどうにかしましょっか。ウォフルさんも、すいません色々と……」
「あぁいや、こちらこそすまない。どうにも、魔術や精霊術に目がないもんで、つい熱くなってしまった」
温厚ではあるけど、わりと研究家気質なのだろうか? そう考えつつも、まあまずは目先の問題ということで熊さんの方へ。
熊さんはすまき状態で放置されて諦めているのか、はたまたマイペースなのか、その場でゴロゴロと左へ右へと寝転んでいる。気に入ったの?
しかしながら、シマさんが近寄ると、先程の一部始終を見て本能的にやばいと悟ったのか、必死にすまきを解こうともがき始めた。
「さてと。これだけ巨体のオーガベアーというのもなかなか珍しいですね。体のいたるところにある傷跡や、風体を見る限り、この辺りのヌシといったところでしょうか……どうですか、ノーム」
地面を軽くシマさんがノックすると、すぐ側でぼこりと音を立てて穴が開いて、とんがり帽子のノームさんが現れる。
相変わらずおひげが似合うダンディな小人さんだ。
『なんだよ、自然のこととなるとすぐに俺を責めるのはやめてくれ。そいつはシェイドの仕業だ。何故だかその熊公を気に入っているらしくてな、上手いこと気配を消しとったんだよ』
「なら、せめてその情報ぐらい教えてくれたっていいでしょうが」
シマさんが少しばかりしかめっ面で言うが、知らんといわんばかりにノームおじさんは耳に小指を突っ込んでほじる仕草をする。うーん、髭面なせいもあってか普通にオッサンじみた動きしてるな。
「シマ君は精霊とも交流することが出来るのか。やはり先程のは精霊遺物か……? しかしそのような魔力は感じられなかったが……」
ウォフルさんはウォフルさんで、自分の世界にまた入り込んでしまって話を聞いてくれそうにない。
とりあえずは、わたしは熊さんの方が気になったので、熊さんに近寄ってみる。
「マキ様、拘束してるとはいえ、何をしでかすか分かりません。あまり手を出さぬよう……」
「あ、うん。流石に危ないことはしないけど……」
わたしが熊さんの前に現れると、熊さんはもがいていた動きを止めてじっくりとわたしの目を見つめ返してくる。特に暴れている様子でもなさそうだけれど、どうかしたのだろうか?
そんな風な熊さんをしばらく見つめていると、何やらノームさんの方を向いてがうがうと鳴き始めた。
『あ? なんで俺がそんなことを……あーはいはい……わーったわーった。分かったから』
「ん? ノームさんは熊さんが言っていること分かるの?」
心底面倒くさそうにノームおじさんが、熊さんが言っているであろう事に頷く。
わたしがそう聞くと、ノームおじさんが、帽子越しに頭をボリボリと掻いてわたしの方を向いた。
『我らが女神よ、どうか御慈悲を。この哀れな熊野郎に今一度、生き抜くチャンスを。そうすれば俺は貴方に生涯仕えることを誓います……だとよ』
「え、えぇ……いきなりそんなこと言われても……」
「殺りますか?」
「シャラップ、シマさん」
とりあえず、もう悪さはしないということなので、シマさんにすまきを解いてもらい、森の中に逃がすことに。
熊さんは立ち上がっては終始お辞儀をして、ちょうど木が切り倒された範囲と森の間ぐらいのところにある切り株の上でゆっくりと、周囲を見渡し始めるのであった。
……あ、家の周りの警備してくれるんだ。熊さん賢いな。