11.これが魔族のモフモフ……!
「そこの狼の外見に似た、獣人のような方は、ウルヴヘジン族。イアスブリード山脈を越えた先にある、魔族領にいる魔族の一族です」
片づけを終えて、ちまちまとアクセサリーを作り始めたシマさんは、興味なさそうに、片手間でウルヴヘジン族さんを紹介する。
ふーん、この狼男さんが、この森の説明のときにちょっと出てきた魔族さんなのね。
「ウルヴヘジン族は魔族に珍しく、人との交流を進んで行っております。知恵があり温厚で、武人気質な魔族です」
ふむふむ、魔族には珍しくってことは、基本的には魔族は排他的なのだろうか。そう考えると、確かにウルヴヘジン族は珍しい魔族なんだろうな。
「クソ上司が良く、飼いたいあのモフモフ紳士とか言っていたのを思い出しますね……」
いまいましげに顔を歪めて、なにやらミサンガみたいな紐らしきものを編み上げるシマさん。
モフモフ紳士って……あーでも、それなら、シマさんみたいな虎の人を作るのも、なんとなく納得できるような気がする。
「そしてその隣――いえ、マキ様の膝の上で惰眠を貪る駄犬。それが、この森に生息する魔物、コボルトです」
「へぇーこの子がコボルトかぁ」
膝の上で幸せそうな顔でスピスピと寝るコボルトを撫でながら、わたしはシマさんに相槌を打つ。
んーモフモフしてて気持ちいい……触られるのがよほど気持ち良いのか、お腹向けて寝始めちゃった。
「……マキ様、失礼ですが先程から何を? コボルトはウルヴヘジン族とは違い、獰猛な魔物ですよ」
「えぇー? こんなに可愛いのに?」
「はぁ……」
真っ黒な黒柴の頭に小さな角が生えてるだけの子が獰猛だなんて、そんなことあるわけないじゃないですかー。こんなに大人しいのになぁ。
わたしがコボルトのお腹を撫でていると、ローテーブルの上に紐を置いてシマさんがこっちに寄ってきた。ん? シマさんも撫でたいのかな――。
「いい加減起きろ駄犬。寝たフリをしているのは分かっているんだ」
「ギャイン!?」
「ちょっ! ちょっとシマさん!?」
シマさんがナイフをコボルト君に向けたかと思えば。コボルト君が飛び起きてわたしの影に隠れようとする。
あぁ、可愛そうに。尻尾まで丸めて怯えちゃってるよ。
「もう、いきなり何するんですか! コボルト君が怯えちゃってるよ! ナイフしまって!」
「しかしマキ様。子供とはいえコボルトは獰猛な種。マキ様に何かあっては――」
「早くしまう!」
「はい……」
渋々といった具合に、シマさんがナイフをしまうと。コボルト君が膝の上に戻ってきて、大人しく丸まってくれた。
まったくもう。なんだってシマさんはわたし以外に対して、そんな塩対応を通りすぎて敵対心むき出しなんだろう。
「こんなに大人しくて可愛いのに、獰猛なわけないじゃんねー」
「ワウ!」
「……後でみっちりと躾けて差し上げましょうか」
……なにやら不穏な声音が聞こえてきたけれども、きっと気のせいだろう。
とまあ、そんな騒ぎの音で起きたのだろうか。
「んむ……ここは?」
ウルヴヘジンさんがむくりと起き上がって、辺りを見回す。その様子を見る限り、出会ったときの満身創痍が嘘みたいだ。
良かった、後遺症なんかもなさそうだ。
辺りを見渡して、わたしとシマさんを見つけて驚いていたが。いつの間にかわたしの膝の上から離れたコボルト君が、ウルヴヘジンさんの膝の上に飛び移っていた。
「傷の痛みが消えている……古傷もない? ここが何処だか良く分からないが、俺とチビスケのことを助けてくれたのは君達か?」
「あ、はい。怪我をしているようでしたので、勝手ながらこちらで治療しました」
「あれだけの傷を完全に治療しただと? 馬鹿な……人の精霊術や魔術で?」
自分の体を確認して驚くウルヴヘジンさんは、わたしとシマさんに僅かながらに警戒する。
えぇ……? 普通に精霊さんにお願いしただけなのになぁ。簡単には治らないものなんだろうか?
「……いや、警戒したところで変わらないか。失礼した。俺はウルヴヘジンのウォフル。魔族領からやってきた旅人だ。こっちは途中で拾ったコボルトのチビスケだ。名前はまだない」
「ワンッ」
「えっと、七草真希です」
「シマと申します」
ウォフルさんが自己紹介をし、わたしとシマさんも自己紹介。
チビスケと言われたコボルトの子は、不満ながらも仕方ないと言った具合に一鳴きして、ウォフルさんの足に頭を擦り付けていた。
ウォフルさんにチビちゃんか……あぁ、神様の言う通り、これは確かにモフモフしてて気持ち良さそうだなぁ。
わたしはウォフルさんが緩く着ていた、着流しのような服から晒されている、胸元や首元の触り心地の良さそうな毛並みをついジロジロと見てしまった。
そんなわたしに気付いたのか定かではないが、コホンとシマさんがわざとらしく咳払いをして、話が再開される。
「失礼。素性は分かりましたが、何故、あのような状態でこちらに? 魔物がいたのでしょうか?」
「あぁ。あの場に行く途中でオーガベアーに襲われてな……」
「ふむ、オーガベアーですか。なるほど。それならば、事前の私の探知にも引っ掛からないか」
来る前に危険がないか確認したとは言っていたけど、オーガベアーは探知に引っ掛からなかったのだろうか?
というかオーガベアー……? 鬼の熊?
わたしがどんな熊なんだろうなと考えていると、シマさんがすかさず説明をしてくれた。
「オーガベアーはおおよそ成人男性の倍の巨体を持つ熊です。その巨体に似合わずすばやく動くことが出来、さらには周囲環境にたくみに擬態することが可能な、森の鬼とも呼ばれた魔物です。精霊の力を使って隠れることもでき、私の力でも確認できないことがあります」
それってもしかしなくても、かなりやばい魔物なんじゃないですかね? 巨体なのに隠れるのも得意って……どうやって隠れるんだろう? 迷彩柄で周囲と同化するとか?
「まあ一度発見出来てしまえば、狩ることは容易です。奴らは不意打ちに長けているだけですので」
「……それがまた特殊なオーガベアーでな、なんというかその……隠れるのが下手くそなんだが、近寄るとやたら暴れまわるんだ」
「本当にオーガベアーですか? それ」
頭上にクエスチョンマークを浮かべてシマさんが首を傾げる。話を聞く限り本当に隠れるのが上手いんだろうな。
シマさんがアクセサリー作りの手を完全に止めて、一言オーガベアーを片付けてきますと言って立ち上がる。
えっ。熊さんと戦う気か、この人。
慌ててわたしはシマさんを止めようと、向かっていった玄関へと足を運ぶ。
「あ、危ないですってシマさん! 熊ですよ!?」
「ご安心下さいマキ様。オーガベアー程度、私には大した脅威ではございません。隠れるのが下手くそだというなら好都合というもので――」
言いながら安心させるようにこちらに微笑み、扉を開けたシマさんは目の前を確認し。
――扉の前にぼーっとたたずんでいた巨体をしばし見てから、そっと扉を閉めた。
「……えっと?」
「……何かいましたね。普通に」
ゴツゴツといった音が扉から聞こえるけれど、あまりの光景にシマさんは扉を閉めて眉間に指を添えて悩むのであった。
いやこれ、かなり危ない状況なんですけど!?