10.これが私の精霊術です
「精霊術を取り扱うといっても、原理自体は簡単なものです。使いたいと思う力に合った精霊に魔力を与えて、力を借りればよいのですから」
水差しや小さな観葉植物、灯された蝋燭に得体の知れないお香などを、ソファの前にあるローテーブルにシマさんが次々と置いていく。
これはなんだろう、何かの儀式とか?
「問題はその精霊を使う場合。精霊は本来、その性質に似た場所を依り代に行動をすることしかできない、縛られた存在です。ですので、使いたい精霊を呼びたい場合は、その依り代を準備する必要があります……まあ、森のウィリアムは少しばかり例外ですが」
『呼んだかー? 神様ー』
いつの間にかウィリアムが家の中をふよふよと漂って、ケラケラと笑っていた。なんか自由だな、ウィリアム。
『なんだなんだ? 愛し子ちゃん、なにやら色んなものを呼び出そうと準備してるじゃん? 何かたくらんでるなぁ?』
「企んでるも何も……そこの人と犬の子を助けようと思って、治癒術を教わろうとシマさんに聞いてたの」
『へぇ! 治癒術! 近場に死にかけの野郎がいようと、無視するどころか、邪魔だと言わんばかりに蹴る神様が治癒術を!』
シマさんの方を振り返ると、シマさんは明後日の方向を向いて、いそいそと道具を置いて準備をしていた。
シマさんや……そんなことしてたのかい。
ジト目で見るわたしと、ケタケタと空中で笑い転げるウィリアムを余所に。シマさんが準備を終えたらしく、私のローテーブルの前に来るように言った。
「水はウンディーネ。木や土といったのはノーム。火はサラマンダー。風や香りを司るのはシルフ。これらを四大元素、または四大精霊と呼びます。」
『ちなみに俺ちゃんはウィリアム! ちょっと変わった光の精霊ウィル・オー・ウィスプ! 照らすことも出来るし、魂を導くことも出来る、可愛い可愛い精霊ちゃん! シェイドちゃんの対の存在だ』
「シェイドは光の精霊ウィル・オー・ウィスプの対となる闇の精霊。常闇と空間を司っています」
お、おおう……小説やゲームで出てくるような名前がたくさん……これはこれで燃えるものがあるな。
聞き覚えのある名前が出てきて、なんとなく想像するには難くなかった。
ようするに、今からその精霊さんを呼び出して、それに対応する精霊術を使うわけか。まあ魔力がないと碌なことは出来そうにないけども。
「これらの力を1つ借りることによって、精霊術を使うことが可能となります。もちろん、そこには魔力があることを前提としてますが――」
「1つ?」
「はい。精霊に魔力を与える場合、その精霊にしか魔力を与えることができません。ですので、どうしても1つの属性しかできないので……」
そうなのだろうか? 呼びかければ、いくらでも力を貸してくれそうではあるが。
なんとなく、ウィリアムを見てみる。こちらの視線に気付いただけなのか、はたまた、わたしの意図することに気付いているのか。そこは良く分からないが、無言でただニヤニヤと笑っていた。
……よし。
「それではやってみましょうか。水を使った治療ならばウンディーネ。薬草などの効果を使って毒抜きなどをしたい場合はノーム。炎の活性化させる力を用いるのであればサラマンダー。精神的な自然治癒を用いるのであればシルフ……神性的な祝福や、呪いの除去などはウィリアムに力を借りれば治癒効果が出るかと」
呼ぶ際は一言、その属性に呼びかければいい。と、シマさんが言う。
そう言われて、わたしは頷いて、呼ぶ。
「ウンディーネ。ノーム。サラマンダー。シルフ……ウィリアム」
「な……マキ様!?」
わたしがやったことに、シマさんは目を丸くするが。すでにやったことを、取り消すことは出来ない。
わたしが呼ぶと同時に。水が浮かび上がり。土が形成され。蝋燭の火が燃え上がり。爽やかな香りが吹き抜け。光が瞬く。
『お呼びでしょうか? 愛し子』
『なんだ、また仕事か?』
『キュル?』
『愛し子に呼ばれた! 何か用かな?』
『はいはーい、俺ちゃんにお任せさ!』
まるで人魚のような透き通るような水の色をした女の子と、三角帽子のノームのおじさん。蝋燭に巻きつくようにいる火の蜥蜴に、周囲に風を纏う小さな男の子。そして青白いカンテラを持つ青い炎の子のウィリアム。
わたしは、彼らに魔力を与えるように念じるが……念じるだけでいいのかな。ん? 魔力をあたえるってどうやるの?
そこでわたしはちょっと困惑するが、どうやらその考えは杞憂に終わったらしい。
『こ、この魔力は!』
『おいおい、どんな奇跡をご所望だよ』
『キュー!』
『わはは! すごいすごーい!』
『おはー! こいつぁすげえぜ!』
「……マキ様、何をするつもりですか?」
シマ君が戸惑いながら、わたしに尋ねる。
そんなの、決まっているではないか。
「みんなの力を借りて、2人を助けるの」
笑顔でわたしは答えて、わたしはこの人たちを助けたいと、皆に念じる。
水が波紋を広げ、周囲の土に草木が芽生え、炎が揺らめいて燃え上がり、風が辺りをくるくると回り始める。
光がそれを纏め上げるように優しく包み込むと。その光はゆっくりと犬の子と、狼男の人のところへと向かっていき、体の中へと入っていった。
途端に、彼らの傷は瞬時に癒え、うなされていたのが嘘のように、穏やかな顔で眠りについた。
……ついでになんか、黒っぽい靄みたいなのが出てきたと思えば、その場ですぐに消えてしまったけど、あれはなんだったんだろう?
「これは……外傷はどこにもない。一瞬で治したというんですか、マキ様」
「皆の力を使えば出来るかなーと思ってやってみたんですが……なんか、すごいことになりましたね、これ」
せいぜい傷がいえるぐらいだと思っていたんだけど、まさか傷の跡すら残らないとは。これが精霊術の力ってやつなのか。
「最早、神の奇跡と言っても過言ではない力です。やはりマキ様の魔力が優れているからでしょうか?」
「えっと、多分、しっかりと精霊さんとお話しするようにすればいいと思いますよ?」
『それなー。神様は1人としか話をしようとしないからなー。ウィルも困っちまうぜぇ』
そう言いながら、ウィリアムはケラケラと笑って、いつの間にか肩にいたサラマンダーがわたしに頬ずりをしてきた。ちょっとくすぐったい。
とにかく、この子と狼の人は恐らく大丈夫だろう。
『それじゃあ俺は地下に戻る。余った魔力は、また何か作るのに使うぞ』
『キュイ!』
『これ、風のまじないが施された匂い袋だよ! 君に風の加護があらんことをー』
『えっと、本来ならばしっかりと魔力は使い切るのですが……使い切れなかった分の魔力で、水の力が込められた宝玉を作ってみました。また何かありましたら、呼んでくださいね』
『それじゃあウィルはこの、石炭を上げよう! またウィルを呼んでくれよー』
サラマンダーが元気に鳴いたかと思えば、ペッと、口から赤く輝く宝石を吐き出して火の中に戻っていき。柔らかな香りに包まれたシルフ君からは小さな匂い袋をプレゼントされて、透き通るような声のウンディーネちゃんからは笑顔で水色のビー玉のようなものをもらい。ウィリアムからは青白い光を放つ石炭をひとつだけ貰った。
ノームのおじさんはまた何か作ってくれるらしいが……うーん、また人形さんだろうか?
「なんか、皆から力を借りるだけだったのに、いつの間にか色々貰っちゃったよ……?」
「彼らは貰った魔力に応じて仕事をしますが、必要以上の魔力は本来、受け取りません。マキ様が特別だからでしょうか……精霊もプレゼントを贈って気を引きたいのでしょう」
呼び出した道具を片付けて、シマさんは興味深そうに色々と貰ったものを手にとっては珍しそうに見る。
一通りの物を見終わったら、回収して、わたしの方に振り向く。
「とりあえずはマキ様へのプレゼントらしいですから、常に持ち歩けるようにアクセサリーにしてみますね。ウィリアムの石炭は暖炉に入れて使いましょう。良く燃えて、永遠に燃え尽きることはない物です」
「何気にすごいもの貰ってませんか?」
やったことに対しての対価が大きすぎやしないだろうかと、わたしは思う。
……あ、この2人どうしよう?
完全に忘れていた犬の子と狼男の人を見て、わたしは困り果てるのであった。
19/7/15 色々修正。