9.これが魔物と人形、ついでに魔族です
『木? ああ、いいぞそんなもん。この森に木なんて、腐るほどあるからな』
先程穴を掘って地面から出てきたノームさんは、わたしが座っていた前にある切り株に胡坐をかいて座っていた。
耳をほじってダルそうにするおじさんを見て、なんともいえない哀愁を感じた。
「彼に頼めば、ちょっとしたものであれば作ってくれますよ。精霊の職人ともいえる方ですからね」
『まあ、そいつの魔力をちっと貰うがな。人間の魔力は物を作るのに結構良いんだよ。……あーまあ、愛し子に良く似たお前さんなら、何をするでもなく魔力をくれるから、勝手に物が出来上がっちまうんだがな』
そういうやいなや、ノームさんの周りには、すでに木でできた小さな人形が数体出来上がり、立ち上がってわたしの周りをうろうろしはじめた。
「えっと……いつの間に作ったんです?」
『勝手にだよ。さっきから、俺の下に居やがるノームたちが作っては置いてを繰り返してんだ』
確かに、穴ぼこから木の人形が飛び出してきている。え、そんなに魔力出してるの、わたし。
「ノーム人形ですね。庭の整備や家事の手伝い、ノームとの連絡役や、もしもの時の外敵対策として、自爆機能も兼ね備えた高性能庭師兼、ボディーガードになります」
「それ自爆機能いるの?」
ノーム人形は喋ることなくわたしの前に整列して乱れることなく全員敬礼をし、顔をキリッとするという動きを披露してくれた。おぉ……すごい、顔も動くんだ。
一番前にいた隊長と思しきノーム人形を撫でてあげると、隊長は顔をデレデレと破顔させ、後ろの隊員がそれに対して不満げにこちらと隊長を見つめていた。
はいはい、撫でてあげるから順番ね。そう言うと、私の前に長蛇の列ができた。
『気に入ってくれたようだな。そいつらはお前さんのために働いてくれるから、好きなように扱ってくれ。それじゃあな』
ノームさんが手を振って穴に戻っていくと、穴はひとりでに埋まって、まるで元々何もなかったかのようにただの土に変わった。
「なんか、ちょっとした間にいっぱいもらっちゃった」
「ふむ、どうやら女神様はマキ様に膨大な魔力を与えてくれたようですね。私の目から見ても、魔力が溢れ出ておりますよ」
オーラ的なものでも出ているのかな? 私には見えないけども。人形隊を撫でながら自分の手を確認しても特に変わった様子は見えなかった。
「一応この森の精霊に関してはある程度理解が出来たかと。人形隊は私の方で手伝いとして、数体使わせてもらいますね」
シマさんは人形隊に対して手で合図を送って何かを指示しながらわたしに言う。人形隊は敬礼すると、辺りにあった倒木を一箇所にまとめるように動き出した。まるでシマさんが隊長さんみたい。
「さて、次にこの森の魔物について教えていきたいのですが……まずは害獣駆除といきましょうか」
「え?」
言うや否や、シマさんはナイフを3本ほど投擲して近くにあった木に刺していく。え、え? 何? どういうこと?
「隠れてないで出て来い。そんな敵意をぶつけられれば嫌でも気が付く」
何かに対して敵意むき出しにして、シマさんは新たなナイフを持って木の方へと声を掛ける。いやわたしは気付かなかったんだけど……。
「待ってくれ、俺に敵意はないっ」
低めの男性の声が聞こえたかと思えば、木のそばの茂みがガサガサと揺れて声の正体が出てくる。ついでにその足元にいた、威嚇している小さな存在も。
「……ウルヴヘジン族? 足元にいるのは魔物のコボルトか。魔族と魔物が私達の領域になんの用だ」
狼の頭をした人……あーえっと、狼男ってやつなのかな? いたるところ傷だらけの狼男の人と、その足元でこれまた傷だらけの二足歩行の犬みたいなのが私達の前に現れて膝をついた。ちっちゃい方の犬の子はまだ威嚇気味に唸っているけども。
それにしても2人の傷がひどい……早く手当てした方がいい気がする。
「……すまんが、結構負傷がひどくてな。話は後でもいい、か……っ」
「グルル……きゅぅ……」
言うや否や、その狼男の人と犬の子が前のめりに倒れてしまう。あぁ、どうしよう、いきなりなんか大変なことに!
いや落ち着け、今はやることをしっかり考えろ。
「シマさん、この人たちを助けよう! なんとかしなきゃ……」
「しかし……わかりました。それでは家に運びましょう。人形隊、彼らを中に」
シマさんが人形隊に指示すると、人形隊が2人を家の中に運び入れる。
人形隊は家の中が外と違うことに結構驚いていたが、すぐにリビングのソファにタオルを敷いて寝かしてくれた。
いけない、わたしも何か手伝わないと……!
至る所傷だらけな、狼男の人と小さな犬の子を寝かせると、シマさんは2人(?)に手をかざして小さくぶつぶつと何かをつぶやく。
そうすると、彼らの周りに暖かく包むように光が現れた。
シマさんが小さく息を吐くと、わたしの方に向き直り、説明を加えてくれた。
「精霊術。魔力を精霊に与えることによって、精霊が力を貸してくれる、奇跡の代行ですね。精霊に与えた魔力の分だけ、精霊は働いてくれます。今回のは治癒術と呼ばれるものです」
「わぁ……ホントに魔法みたいなのが使えるんだ」
シマさんが言うには、今やっていることは傷を徐々に回復させる精霊術らしく、じわじわとゆっくりではあるが、傷口からの血の流れが止まり、傷口が徐々に塞がっていっている。
……うーん?
「その……一気に治るものじゃないんだ? 瞬間的に、傷も塞がって全回復ーみたいな」
「……実は、私はあまり治癒術が得意ではないものでして。大量の魔力を纏わせて、継続的な回復をする程度ならば出来るのですが」
口を濁して力のなさを恥じるように、シマさんはそういう。うぅむ、そっかぁ……。
確かシマさんは、精霊さんの力を借りて精霊術を使うって言っていた。そんでもって、わたしは魔力が膨大に、溢れんばかりにあるとも言っていた。
――やってみるか?
「シマさん、わたしがやってみてもいいですか?」
「……理由をお聞きしてもよろしいですか?」
シマさんが無表情でわたしに尋ねる。どうして、そんなことをするんだと、言わんばかりに。
そんなの決まっているじゃん。
「目の前で困ってる、苦しんでる人がいるのに。何も出来ないのなんて、何をすることも出来ないだなんて、嫌だから……です」
シマさんの目をしっかりと真正面から見て、わたしは言う。
しばらくシマさんと真正面から無言で見詰め合っていたが、シマさんが一息吐いて、目をそらす。どうやら折れてくれたようだ。
「分かりました。それでは、精霊術を使ってみましょう」
「はい!」
19/7/15 色々と修正。