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「合計で12800円になります」
私は金額を伝え、お客さんが購入した一番人気の化粧水を包装していく。それから黒く光るクレジットカートを受け取り、お会計を済ませ、デパート共通の紙袋に入れた商品を手渡す。失礼のないよう、微笑みを浮かべながら。
「ここの化粧水はやっぱり他のメーカーとはぜんぜん効きが違うし、本当ビックリするくらいさらさらでベタつかないのよね。まぁ、もちろんそれだけお高いんですけど。オホホホ」
すっかり顔なじみになった常連客のマダムがの笑い声が館内にこだまする。それからマダムは自分のペットの話や身につけているアクセサリーの話をまくしたてた後、そのまま優雅にお尻を左右に振りながら去っていった。私はマニュアル通りに、深々と頭を下げ、マダムを見送った。
「ひとみちゃん、化粧水だけどさ、さっきので店頭に並べてる分がなくなっちゃったのよ。裏で補充してきてくれない?」
店長に指示され、私は愛想よく「はい」と返事をした。明るい店頭から薄暗い店の奥へと戻り、商品が乱雑に押し込まれたラックから目的の化粧水用のダンボールをえいやっと引っ張り出す。ダンボールの中を開き、中に化粧水の空の容器が一杯に詰め込まれていることを確認する。私はそのダンボール箱を更衣室横にある洗面台の近くまで引きずっていく。それから空の容器の一つを手に持ち、私は水道の蛇口をひねった。
「ひとみぃぃぃ」
しかし、蛇口から出てきたのは水ではなく、元カレたっくんの悲鳴のような呼び声だった。私は慌てて蛇口を反対方向にひねる。たっくんの呼び声が徐々に小さくなっていく。私は一呼吸置いた後、恐る恐る蛇口をひねり直してみる。今度はたっくんの声が聞こえてくることはなく、ちょろちょろといつものように水が流れ始めた。
排水口に吸い込まれていく水の流れを見つめながら、私は小さくため息をつく。別れてもなお寄りを戻そうとするたっくんにはほとほと嫌気がさしていた。たっくんに言い寄られる形で始まった交際も、最初のうちはとても楽しいものだった。たっくんのことを少しづつ好きになっていったのは本当だし、何より若葉もたっくんを気に入ってくれていた。楽しかった思い出もたくさんある。それでも、仕事を理由にすれ違い初めた関係を維持できるほど、私に余裕はなかった。
今の必死な情熱を、あの時少しでも見せてくれていたら。私はもう一度だけ小さくため息をつく。余計な考え事はやめておこう。仕事中だしね。私はダンボールから中身が空っぽの化粧品の容器を一つ取り出し、蓋を開ける。そして、蛇口から流れる水を丁寧に中に注ぎ込んでいく。
そういえば、マダムはデパ地下のケーキを買っていたな。明後日、若葉に会いに行くときは、そこにケーキを持っていこう。きっと若葉も喜んでくれるはず。私は水を一杯に詰めた容器に蓋をし、少しだけ浮かれた気持ちで次の容器を手に取った。