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「すみません、何度もお邪魔してしまって。実は色々とお話しなければらないことがあって」
再びベランダに現れたJR職員の浜岡さんは、家の中にあがりこみながらそう切り出した。浜岡さんは被っていた制帽を脱ぎ、そのままカーペットの上に座り込んだ。私が彼の横で突っ立っていると、浜岡さんはちらちらと私の方を何回か見た後、ようやく決心がついたのかのように、小さく咳払いをした。
「厚かましいことは重々承知なんですが……何か冷たい飲み物はありますか。喉が乾ききっちゃって、倒れちゃいそうなんです」
私が麦茶でいいかと尋ねると、浜岡さんは少しだけ不満そうな表情を浮かべた。そして、「まあ、そうですよね。私がわがままを言える立場ではありませんし。麦茶で大丈夫です」とうつむきながらつぶやく。私はキッチンへと戻り、二人分のコップを食器棚から取り出す。リビングから消していたはずのテレビの音が聞こえ始める。何度かチャンネルが変えられ、『笑っていいとも』のオープニング曲が流れ出す。きっと浜岡さんが勝手にテレビの電源を入れたのだろう。
私は狭いキッチンを占拠する大型の冷蔵庫へと近寄り、麦茶を取り出そうとドアを開けた。しかし、冷蔵庫の中には冷えた麦茶と一緒に、JRの制服を着た一人の女性が入っていた。女性は体育座りの格好で冷蔵庫の中に綺麗に収まっていて、四苦八苦しながら私の方を振り返り、にこりと微笑んだ。
「ごめんね。玄関に鍵がかかってたからさ」
女性はあっけらかんとそう言うと、片腕を私の方へ突き出してきた。私がきょとんとしていると、女性は強めの口調で「引っ張って」と命令してくる。私は腕を掴み、言われるがまま女性を冷蔵庫から引っ張り出してあげた。
冷蔵庫から出てきた女性は強張った筋肉をほぐそうと、肩や首をまわし始める。見た感じ、私と同い年くらいの二十代前半の女性。髪は短く、身体のラインがほっそりとしている。女性は私の視線に気がつくと、不思議そうに私の目をのぞきこんでくる。
「あの、寒くなかったんですか?」
私が尋ねる。リビングからは番組を視聴している浜岡さんの、声を押し殺したような笑い声が聞こえてくる。
「冷蔵庫の中なんて大したことないよ。モスクワのほうがずっと寒いって」
女性は笑顔で返事を返す。どこか憎めない言動に、私はそんなものかと妙に納得してしまう。女性は開きっぱなしの冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、ドアを乱暴に閉める。そのまま流し台の方へと歩いていき、先程私が用意したコップの一つに牛乳を注ぎ入れた。女性はコップに入れた牛乳を一気に飲み干した後、牛乳パックの取っ手部分に目を近づけた。
「この牛乳、賞味期限切れてるじゃん」
女性はしかめっ面を浮かべながら言った。女性が私に牛乳パックを手渡してくる。
「本当だ」
私は取っ手部分に印字された賞味期限を見ながら言った。
「この牛乳、賞味期限が切れてますね」