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1-4

 私は若葉を抱き上げ、部屋の中央に置かれたベッドまで運んであげる。中学生にしては小柄な身体を大げさに揺らしてあげると、若葉はキャッキャッと嬌声をあげた。妹を優しくベッドへと横たわらせた後、入り口に置きっぱなしにしていた手荷物をベッドの横のテーブルへと置き、家で切り分けてきたスイカの取り出す。若葉はいつの間にか市販のラップを右手に持ち、左手で髪に引っ付いたままのラップの切れ端をうざったそうに取り除いていた。


「なんで頭にラップを巻いているの?」


 私がタッパーの蓋を取り、同じく家から持ってきたフォークを机の上に並べながら尋ねた。


「それはですねー。奴らが若葉の頭の中の原子炉から覗きみようとすることなんだよ」

「そうなの?」


 フォークを手に取り若葉に手渡すと若葉は困ったような表情でフォークと右手に持ったままのラップとを見比べた。私は愛くるしい妹の姿に微笑みながら、「代わりに巻いてあげるよ」と提案する。私は若葉からラップを受け取り、彼女の後ろに腰掛ける。肩まで伸びた若葉の髪に優しく触れると、秋の空をそのまま閉じ込めたような香りがした。


 美味しそうにスイカを食べる若葉の頭頂部を私はラップでぐるぐる巻きにしていく。あんまりきつく巻くと蒸れてしまいそうだったので、あえてゆとりを持たせつつ重ねつつ丁寧に。


「この部屋にいたら安心なのに、どうしてわざわざラップを巻くの?」


 若葉はスイカを一口自分の口の中に放り込み、もう一個をフォークで突き刺すと、それを私の口元へと持ってくる。私は大きく口を開け、それを頬張る。口の中で水気たっぷりの果汁が広がった。


「やつらはいつも若葉をどうやったら見つけられるかを考えているから、外からとっても強い電波を流しているの。若葉は若葉を守らなきゃだから、若杉先生も頼りにならないしで、ラップを巻くのが一番だって聞こえたの。だから、やつらに原子炉の設計図を渡したら駄目だっていっつも言ってるし、大尉もちゃんときちんと巻いてね。手抜かないで、ちゃんとだよ」

「はいはい、ちゃんと巻くから。安心して」


 私は若葉に言われた通り、彼女の頭を隙間なくラップで巻いてあげる。机の引き出しにしまってあった手鏡を手渡すと、若葉は隈なく巻かれたラップをチェックし、隙間がないことを確認するとほっと安堵した様子で顔をほころばせた。


 それから一時間程度若葉ととりとめもない話をして過ごし、「仕事があるから」と私は若葉に告げて立ち上がる。それを合図に若葉が両手を前に突き出し、私も同じように両手を前に突き出して、そのままぎゅっと若葉の小さな体を抱きしめてあげた。小さくなだらかな彼女の背中を優しく撫で、私は妹の耳元で「また明日来るから」とささやく。若葉の身体を離し、バイバイと手を降ってからファンシーな病室の外へ出る。


 廊下のベンチには担当医の若杉先生が座っていて、扉の音に反応して顔をあげた。


「どうでしたか? 若葉ちゃんの様子は?」

「どうって聞かれましても……。正直、以前と比べて何も変わらないというか」


 私がそう言うと、若杉先生の表情が少しだけ曇る。


「専門的なことは正直よくわからないのですが、本当にこの治療法で妹は良くなるんでしょうか」

「確かにこの治療法は日本では主流ではないです。だからこそ、ある種試験的な取り組みだということも事実です。それでも、私が留学して学んだ外国の最先端医療であることには間違いないんです。色々とご不満もあるでしょうけど、もう少し待っていただけないでしょうか」


 若杉医師の言葉に私はおずおずと首を縦にふる。聞いたことのないような治療法で、それもこんな一般病棟とは離れた場所で行われていることに不満の一つもないわけではない。しかし、この試験的な治療を受けているからこそ、妹は手厚い治療を受けられ、さらに費用も私一人の稼ぎでなんとか払えていることも事実だった。


 気まずい空気を変えるように、若杉先生はおもむろにファイルの中から一枚の便箋を取り出す。


「これ、先週に若葉ちゃんが書いた詩です。コピーは取ってあるので、原本をお渡ししますね」


 私は御礼を言い、便箋を受け取る。そして、先生と次の来院日時の調整を行い、病院を後にした。


 仕事場へと向かう電車へと乗り込み、開いた座席に腰掛ける。そして、先程受け取ったばかりの便箋を取り出し、妹の書いた詩をゆっくりと、一文ずつ丁寧に読み上げていく。

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