6-2
私は列車の中へと足を踏み入れた。部屋と部屋とに挟まれた狭い通路を抜け、私は先頭車両の方へと進んでいく。『食堂車』と記された扉を開け、中にはいる。赤絨毯が中心に敷かれ、左右に北欧風のテーブルが並べられている。ざっと辺りを見渡すと、左奥に、軍服を来た男性がこちらに背を向けた状態で椅子に座っているのに気がついた。テーブルの上には簡単な食事とワインのボトル、そして二人分のグラスが置いてあるのが遠目から見える。
私は胸に手を当て、その軍人へと近づいていく。先程改札でやり取りを行った軍人とは違い、両肩には沢山の星型の勲章が縫い付けられていた。きっと彼が若葉を連れ去った将軍なのだろう。私はそう確信する。そして、手を伸ばせば肩に届くほどの距離まで近づいたその時。軍服を来た男性が背中を向けたまま言葉を発した。
「こうやって顔と顔を合わせるのは久しぶりだね、ひとみ」
聞き覚えのある声に私は一瞬だけ立ち止まる。そして少しだけ躊躇った後、男性がいるテーブルの向かいの席に腰掛ける。そして将軍の顔を覗き込む。
「たっくんって、ロシアのお偉い軍人さんだったんだね」
たっくんは頷き、二つのグラスにワインを注ぎ始めた。美味しそうな料理の匂いが私の鼻をくすぐった。
「今まで騙してて申し訳ないと思ってると。すまない、大尉殿」
「私はロシア軍の大尉になった覚えはないんだけど」
「いや、ひとみは立派な大尉だよ」
たっくんは並々にワインが注がれたグラスを私へ渡す。少しだけグラスが傾き、中身が溢れる。白いテーブルクロスの上に赤い染みができる。
「若葉ちゃんはうちの軍ですごく特別な地位に置かれているんだ。そういうわけで彼女をどこかの階級に任命することはできない。だから、代わりといったら何だけど、若葉ちゃんの親族にはそれ相応の階級が無条件で与えられるようになっている。この特例が適用されているのは、直接血のつながっているひとみだけだけどね」
私はグラスに口を付け、一口だけワインを飲む。今まで飲んだことのあるどのワインよりも口触りが滑らかでフルーティーだった。
「私、自分が大尉だなんて全然知らなかった。そのせいで、若葉にひどいことをしちゃった」
「気にする必要はないよ。人間誰しも、間違えてしまうことはあるさ」
たっくんは自分のグラスに注いだワインをジュースのように喉を鳴らしながら飲んだ。それは私たちが付き合っていたときに何度も注意していたたっくんの悪いクセだった。
「うん、そうだね。気にする必要はないさ」