6-1
もう一度タクシーを捕まえ、私は群馬にあるシベリア鉄道の乗車駅へと向かった。関越自動車道を通り、高崎市を抜け、私は三時間近くかけてようやく目的地である駅に到着した。
安くない代金を運転手に支払い、私は目の前にそびえ立つレンガ造りの駅舎を見上げた。辺りには私以外の一般人はおらず、代わりにいるのは、カーキ色の軍服を身にまとった外国人だった。彼らは英語ではない外国語で会話をし、何かを警戒するかのように辺りを見渡していた。
きっと彼らはロシア人なんだろう。私は深呼吸をし、自分の気持を落ち着かせる。ここまで来て引き返すことはできない。私は胸を張り、駅舎の入り口へと歩いてく。すれ違う軍人が私を訝しげに見つめてくる。中には何か言葉をかけてくるものもいた。それでも、私は歩みを止めず、駅舎の中へと入っていった。
駅舎の入り口の正面に、JRの駅で見かけるような改札が設置されていた。そして、その改札の向こう。そこにエリカさんのお兄さんに見せてもらったような赤い塗装の列車が停車していた。あれがシベリア鉄道。私は初めて見る実物に少しだけ感動を覚えながら、改札へと向かう。
「切符をお見せください」
改札にSuicaをかざそうとしたその瞬間、突然現れたロシア軍人に呼び止められる。
「Suicaは使えないんですか?」
「ここはシベリア鉄道ですよ。考えればわかるでしょう?」
軍人は呆れたように肩をすくめた。
「ごめんなさい。そうとは知らなかったんです。切符はどこで買えるんですか?」
「そんな簡単に切符が買えるわけがないでしょう? ひょっとして、あなたは軍関係者ではないのですか?」
私は答えに詰まる。それを見た軍人はさっきまでの優しい表情から険しい表情へと変わる。
「軍の関係者以外をこの鉄道に乗せるわけにはいきませんし、そもそもこの駅舎にも入ってはいけないのです。関係者以外が入ってきた場合、我々はそれ相応の対処を取らなければなりません」
「それ相応の対処って」
「銃殺です。ところで、あなたは銃殺が好きですか?」
好きではないと私が答えると、軍人は私もですと頷いた。どうしよう。窮地に立たされた私は顎に手をやり考え込んだ。そして、何かないかと自分のポケットを探ると、偶然にも、初めてエリカさんのお兄さんと出会ったときに貰った、白紙の切符を見つけた。
「これじゃ駄目ですか?」
軍人は私から切符を受け取り、じっとそれを見つめる。すると、少しづつ顔色が変わり、ハッと息を飲む音が私に聞こえてきた。軍人は顔を挙げ、キレのある敬礼を私に向けた。
「先程のご無礼、そして銃殺が好きではないと嘘を言ってしまったこと、大変申し訳ありませんでした」
私は軍人の態度の豹変に驚きつつ尋ねる。
「軍人さん、銃殺が好きなんですか?」
「はい。あんまり他の人には言えないんですが、実は大好きなんです」
あまり人には言わないでください、とバツの悪そうな表情で軍人がささやく。それから切符にパンチを開け、にこりと微笑む。
「さあ、どうぞ列車の中へ。将軍と若葉様がお待ちです、大尉殿」