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5-7

 私は特別病棟へとつながる廊下へ向かって走り出した。患者や看護師の流れをかき分けながら、私は右へ左へ、見慣れな道順を駆け抜けていく。特別病棟に近づくに連れ、鼻の奥をなんだか焦げ臭い匂いがくすぐり始める。いつもは若杉先生のICカードがないと通れないドアはなぜか開きっぱなしになっていた。


 私はそのドアの前で立ち止まる。中は照明の明かりが切れ、真っ暗になっていた。私は胸に手を当て、深呼吸をする。立ち止まってはいられない。私の大好きな妹を探しに行かなければならない。私は恐る恐る暗い特別病棟の中へと踏み入れた。


「誰かいますか~?」


 人の気配はない。私の足音だけが虚ろに壁と天井に反響している。私は湧き上がってくる恐怖心をごまかそうと間抜けな声で誰かに問いかける。私は時間をかけながら、若葉がいるはずのE111号室へとたどり着く。閉ざされた扉を横に開け、そっと中を確認してみる。


 そこに若葉の姿はなかった。しかし、誰かに荒らされた様子もなく、若葉の病室にいつもあるものがいつもの場所に置かれているだけ。まるで単にトイレに行っているだけかにも見える。私は恐る恐る病室の中に入って辺りを見渡す。ベッドの床に手をあてると、そこに温もりはなく、少しだけひんやりとしていた。


「若葉ちゃんは連れて行かれました。将軍と名乗る人物に」


 私が振り向くと、若杉先生が扉にもたれかかる格好で立っていた。あちこちが破れ、斑点のように汚れがついた白衣を身に着け、頬には誰かに殴られた痕ができていた。


「私は若葉ちゃんの主治医としてできる限りのことはしたつもりです。留学先のロシアで学んだ最新の治療方法を試しましたし、彼女とも素晴らしいラポールを結ぶことができたと思っています。でも、ベストを尽くしてもうまくいかないことってあるでしょう。それが今回に限ってたまたま当てはまってしまったんです」


 私が恐る恐るその怪我はと尋ねると、若杉先生は階段で派手に転んでしまったんですときまり悪そうに答えた。


「もうすぐソ連人がやってきます。若葉ちゃんを捕まえに。だから、お姉さんも早くここから出ていかれたほうが良いですよ。そして、できる限り妹さんのことを思い出さないようにしながら生きていくのをおすすめします。そうするのがロシアで学んだ最先端医療の観点では一番精神衛生上いいとされていますから」


 若杉先生はポケットから一枚の髪を取り出しながら私に近づき、それを私に手渡した。私はそれを広げてみる。それは若葉の字で書かれた手紙だった。


「ごめんなさい。私は若葉に合わなくちゃいけないの。今までは全く気が付かなかったけれど、もっと話し合わなければならないことがたくさんあるんです」

「でも、私にも若葉ちゃんがどこに連れて行かれてかはわかりませんよ」

「行き場所はわかってます」


 若杉先生は眉をひそめる。


「どこですか?」


 私は少しだけ間を開けて答える。


「群馬県にある、シベリア鉄道の乗車駅です」

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