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私達は裏口から新宿アルタの駐車場へと入っていった。事前に連絡されていた場所に車を停め、地下から直接建物の中へと入っていく。
「収録楽しみにしています」
警備員の人懐っこい挨拶を見ると、なおさら自分の命が狙われていること、そしてこれから自分が全国な放送へと出演することがドッキリなんじゃないかというような気がしてきた。私の手が無意識に服のボタンへと伸びる。エリカさんが私の不安に勘付いてくれたのか、そっと左肩に手を置いてくれた。
掃除が行き届いた広い廊下を、私達はできる限り自然に振る舞いながら歩いていく、それでも、テレビ局のディレクターやスタッフと思われる人とすれ違うたびに、私は自分が場違いなのではないかといういたたまれなさを感じ、少しだけ縮こまってしまう。
「とりあえず、先に潜り込んでいるロシア人と合流しましょう」
エレベータ前でエリカさんのお兄さんが立ち止まり、私達にそう告げた。
「ほら、この前助けてもらった人。あの人もひとみの警護のために潜入してくれているの」
私は先日出会ったばかりのロシア人の顔を思い出す。確かに彼が一緒にいれば心強い。あの人さえいれば、ソ連人もうかつにこちらに手を出してはこれないだろうし。エリカさんとお兄さんが頼りないというわけではもちろんないけど、警護の人間は多ければ多いほど安心するし、何より人数が多いほうが楽しい。
「ロシアとドイツが連携してソ連包囲網を構築している最中です。ソ連人の目的はわかりませんが、私達の国が本気を出せば彼らは手も足も出ません。だから大事なことはできる限りことを穏便に済ませて時間を稼ぐことです」
「穏便に済ませるってどうすればいいんですか?」
私はお兄さんに質問をぶつけながら、横目でエレベータを見る。エレベータはまだ一階に来そうになかった。
「簡単ですよ。一刻も早くロシア人と合流する、あるいはソ連人と鉢合わせしない。これでいいんです。ロシア人がいれば何があっても我々側で柔軟に対応できますし、そもそもソ連人と鉢合わせなければいざこざも起こりません」
「逆に穏便に済まないパターンっていうのは?」
「ロシア人と合流する前にソ連人と鉢合わせてしまうことです。これが考えられる一番最悪のケースです。ま、そんなことは起きないとは思いますけどね」
エレベータの到着を告げる音が鳴り、私は顔を上げた。1という数字がピカピカと点滅しているのが見えた。
「とりあえず、早くロシア人と合流すればいい話でしょ? 簡単簡単」
エリカさんの言葉に私とお兄さんが頷いた。目の前のエレベータの扉が開く。エレベータの中には、仏頂面を浮かべたソ連人が乗っていた。