5-3
鏡台の前に座り、もう一度自分の顔をチェックしてみる。口紅の色むらもなし。アイライナーも決まってる。私は髪の毛の上部分をくしゃりと手で掴み、へスタイルにもう少しだけ立体感を持たせてみた。
ここまで気合を入れてお化粧をしたのはいつぶりだろうか。私は鏡に写った自分を見つめながらふとそういう疑問が思い浮かぶ。多分、たっくんと別れてからはとんとご無沙汰していたのではないだろうか。だから余計に自分の化粧が変ではないかが不安になってしまう。
「ひとみ、車の準備ができたよ」
玄関からエリカさんが私を呼ぶ声が聞こえてくる。私は返事をして、立ち上がった。玄関で待っていたエリカさんとともに部屋を出て、アパートの階段を降りていく。右手にはめた時計で時刻を確認する。時計の針は10時ちょうどを指していた。新宿までは車で三十分もかからないため、収録本番までは十分すぎるほどの時間があった。
アパートの駐車場には白のプリウスが停められていた。運転席に座っていたエリカさんのお兄さんが私達に気がつくと、小さく手を挙げた。
「理由はわからないですけど、佐々木さんの警護をするようにって上から命令が来たんです」
私とエリカさんが後部座席に乗り込んだタイミングでお兄さんがそう告げた。
「どうしてですか?」
「私達も理由は知らされていません。しかし、佐々木さんがソ連人に命を狙われる可能性がある。そのように上は考えているようです」
命を狙われている。あまりに現実味のない言葉に私は「はあ」としか答えることができなかった。お兄さんは後部座席にいる私の方へと半身を向け、ジャケットを捲りあげて腰のベルトを顕にして見せる。お兄さんのベルトにはドラマでしか見たことのない拳銃ホルダーがぶら下がっていた。
「ソ連人がテレビを使って、ひとみを名指しで誘い出してきたんだから、そりゃ何かがあるって考えたほうがいいに決まってる。集団発狂の件に関しても、今回のテレビの件に関しても、今まで地下で活動していたソ連がここまで大ぴらに動き出しているのは不気味ね。それに、昨日ソ連人が言っていた、今日に何らかのアクションを起こすという言葉も気になるしね」
エリカさんは真剣な表情でそうつぶやき、私の方へと顔を向けた。
「大丈夫。ひとみは私達が守るから。心配しないで」
私はエリカさんの言葉に強く頷く。そして、二人に頭を下げ、感謝の気持ちを伝えた。私が顔をあげると、先程まで張り詰めた二人の表情が少しだけ和らいでいるような感じがした。
「ひとみは何か聞いておきたいことってある?」
エリカさんが尋ねる。
「私の今日の化粧、どうですか?」
エリカさんは私の顔を掴み、自分の方へと向けてじっくり観察して答える。
「68点」
お兄さんが車のエンジンをかける。そして私達を乗せた車がゆっくりと動き出した。