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私はたっくんからの置き手紙をポケットに突っ込み、慌ててエリカさんたちがいるリビングへと戻る。エリカさんが混乱した表情を浮かべながら、テレビ画面を指差す。テレビには番組の人気コーナー、テレホンショッキングの最中だった。画面上では司会者と出演ゲストの一対一のトークが行われている。一瞬、私はなぜエリカさんがそんなに慌てているのかが理解できなかった。しかし、サングラスをかけた司会者の隣に座る人間の顔を見て、私は「あっ!」と声を漏らす。
「この人って……この前のソ連人!」
私とエリカさんは顔を見合わせて頷く。ソ連人はテレビの中で軽快に司会者とトークを繰り広げていた。私はソ連人の話し声をよく聞こうと、リモコンでテレビの音量を急いであげる。
『それで、ソ連人は最近の事件についてどう思っているの? ほら一部の報道だと、あれはソ連人の仕業だって言われてるじゃん』
ソ連人は肩をすくめ、やれやれと小さくため息をつく。
『確かにあなたの言う通り、あれはソ連人がやったことです。被害者のみなさんにはすごく申し訳なく思ってます。本当に。でもですね、あれは仕方のないことなんです。今は詳しく言えないけれど、きっといつか日本の皆様にも理解してもらえると信じてますよ』
『何のためにやってるの? ちょっとでいいから教えてよ』
『駄目ですよ。さすがのあなたにも教えられません』
『ヒントだけでもいいから、ちょっとだけちょっとだけ』
ソ連人は少しだけ躊躇った後、司会者に顔を近づけ、そっと耳打ちで何かを喋った。司会者は相槌を打ち、そして驚きの表情を浮かべる。そしてソ連人が顔を話すと感嘆の声を漏らす。
『驚いたね』
司会者は観客へと顔を向けて言った。
『ここまで言っても教えてくれないんだ』
観客が笑いでどっと湧く。隣に座っているソ連人も口に手を当て、上品に笑っている。
『明日には決着が付きます。もちろん、どちらが勝つかはわかりませんが。私達は明日にはロシア人が持っている秘密兵器の場所を割り出し、必ずそいつを手にしてみせます。私が言えるのはここまでです。ごめんなさい』
『ま、彼もこう言っているわけだし、皆さん許してあげましょう。さて、そろそろ時間なので、明日この番組に来ていただくお友達を紹介してもらいましょう』
観客が一斉に「え~」と声をあげる。
『では、最近知りあった私のお友達、佐々木ひとみさんを紹介させていただきます』
カメラが、女子アナとその隣に置かれた巨大ディスプレイへと向けられる。そしてその大型ディスプレイには、私の写真と名前がデカデカと映し出されていた。後ろにエリカさんとお兄さんが前のめりになり、テレビ画面へと顔を近づける。私達の中に混乱が広がる。私みたいな一般人がこんな全国放送のテレビにクローズアップされるはずがない。これは人違いなのだろうか。偶然私と同姓同名で、顔も似ている女優さんがいるのだろうか。
しかし、その瞬間。ベッドの上に置いてあった私の携帯の着信音が鳴り始めた。私は携帯を取り、恐る恐る受電ボタンを押す。
「はい……。はい……」
私はエリカさんとお兄さんへとチラチラと視線を送る。二人の表情には同じだけの困惑の色が浮かんでいた。
「はい……。いえ、別にそんなわけじゃ……。はい……」
テレビ画面にソ連人の姿がアップで映し出される。遠く離れた場所にいるはずの彼が、その瞬間、私に向かってにやりと微笑みかけているような気がした。私はこみ上げる恐怖と混乱を鎮めながら、震える声で返事を返した。
「い、いいとも~」