5-1
「知ってますか?」
エリカさんのお兄さんが、テレビ画面を見ながらつぶやいた。
「この番組って、来年の三月に終わっちゃうらしいですよ」
私とエリカさんはテレビ画面から視線を外さないまま、「へえ」と相づちを打つ。画面の中ではサングラスをかけた司会者がうまい立ち回りで企画を進行させていた。出演者のウィットの効いたボケでオチが付き、番組はそこでCMへと移り変わる。
「あの……私達のマリモ退治はどうなるんでしょう?」
「え?」
「マリモ退治です。ほら、イーイチイチイチってなくやつの」
エリカさんが肘をついた状態でため息を漏らす。
「単なるマリモ相手ならどうにかなるけどさ、人間をバールでボコボコにする訳にもいかないしね。とりあえず、本部から具体的な指示が出るまで待機って感じかな」
「そうなんですか」
私は仕事場で突然イーイチイチイチと叫びだしたマダムの姿を思い浮かべる。マダムはそれからも声がかれるまで鳴き声を上げ続け、かなえさんが呼んだ救急車に連れて行かれてしまった。私はリモコンを手に取り、理を入れて、ワイドショー番組へとチャンネルを変える。ちょうど突然奇怪な鳴き声を上げ始める人間がまた現れたことを報道していた。
「それにさ、あそこまでおおっぴらにソ連人が動いたらさ、日本もロシアも、それにうちらドイツだって黙ってないよ」
エリカさんが私からリモコンを取り返し、元の番組へとチャンネルを戻す。ちょうどCMが明けたところで、次のコーナーが始まるタイミングだった。
「それにさ、ソ連人が追っているロシアの秘密兵器に関しても、下っ端の私達はなんにも知らされてないわけだしさ、動きようがないよ」
「で、でも……今もこうして色んな人が被害にあって……」
「佐々木さん!」
私が抗議の声をあげようとしたタイミングでエリカさんのお兄さんが声を出す。私がお兄さんの方へと視線を向けると、お兄さんは少しだけ寂しそうな表情を浮かべながら、手に持っていた空のコップを左右へ揺らした。
「タイミングが悪いとはわかっています。けど……麦茶のおかわりをいただけませんか?」
私はお兄さんから空のコップを受け取り、立ち上がった。そのまま台所へと行き、冷蔵庫から冷えた麦茶のペットボトルを取り出す。リビングからはエリカさんとお兄さんがどっと笑い声をあげるのが聞こえた。
「ひとみ……ひとみ……」
エリカさんでもエリカさんのお兄さんでもない声。私はさっと声のする方向へと顔を向けると、冷蔵庫のドアにたっくんの顔が浮かび上がっていた。しかし、たっくんの顔はぼやけ、その表情もいつものような悲壮感溢れるものではなく、どこか真剣味を帯びたものだった。
「何? たっくん。またよりを戻そうって話?」
「違う……。これは大事な話なんだ。きちんと聞いてくれ……。郵便受け……郵便受けの中を見てくれ。大変な事態が……迫ってる」
それってどういう意味なの。私がそう尋ねようとする前に、冷蔵庫の側面からたっくんの顔は消えてしまった。私の胸が不安でざわつく。たっくんがよりを戻そうという話以外をこうしてしてくるのは初めてだったからだ。私は恐る恐る玄関の郵便受けをチェックする。その中には一枚の紙切れが投函されていて、その表には慌ただしい文字でこのように書かれていた。
『ワカバニキケンセマル。チュウイチュウイ』
若葉に危険が迫っている? なぜ突然若葉の名前がここで出てくるの? 隠された意味があるのかもしれないと何度も紙の上の文字を読んでも、特別な仕掛けがあるわけでもなさそうだった。私の頭に混乱が広がる。しかし、その時リビングからエリカさんが私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっと、ひとみ!! 早くこっち来て!!!」