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最寄りである地下鉄の駅に着いた時には首筋にうっすらと汗の層ができていた。私はごった返す駅の構内をかきわけるように歩き、改札へと向かう。
しかし、そこでふと私は先ほどの出来事を思い出す。私は踵を返し、メトロ駅から隣接するJR側の駅へと歩記出した。押し寄せる人の間を縫うように歩きJR駅へとたどり着き、改札横の窓口へと進んだ。人の好さが顔に溢れ出ている青年駅員が、私の方へとにこっと微笑みかけてきた。私は少しだけためらった後、ポケットに入れていた一枚の切符を彼に渡した。出発駅も、到着駅も書かれていない、一枚の切符。先ほど、浜岡というJR職員からもらった切符。彼の言葉を信じれば、ちゃんと使えるはずだった。
「すみません。つかぬことをお伺いするんですが……」
切符の裏表を綿密に観察し、後ろの椅子でパソコンと向かい合って作業をしていた年配の駅員へ相談し、それから駅員が申し訳なさそうな口調で口を開く。
「もしかして……お客様は我々を馬鹿にしていらっしゃるのですか?」
目の前の爽やかな青年駅員は女の子のように細い眉を八の字にさせ、困惑したような表情でこちらを見つめていた。
私は諦めて地下鉄へと戻った。素直に切符代を払ってから電車に乗り、数十分かけて妹が入院する聖白科精神病院の最寄り駅へと向かった。地名が冠された駅を降り、二分ほど歩いて院内へと到着する。病院の受付で私を出迎えてくれた担当医の若杉医師と挨拶を交わし、先生の先導されて病院の奥へと進んでいく。消毒液のにおいがつんと鼻をつく白い渡り廊下を渡り、若杉医師IDカードで特別診療棟へとつながる厚い扉を開ける。患者や患者の関係者の姿が一切消え、病院関係者と思われる白衣の姿の人々が行き交う廊下を私は少しだけ肩身が狭い思いをしながら進んだ。そして廊下の突き当りの右側の扉の前で私と若杉医師は立ち止まった。
「若葉ちゃんがお待ちですよ」
若杉医師が私のほうを振り返り、にこりと微笑みながら部屋の扉を開く。部屋の中は水玉模様の壁紙が張られていて、所々が鳩の形に切り抜かれている。床のタイルは私の全身が映り込むほどにピカピカに磨き上げられていて、その上には衣食に必要なベッドや机だけが申し訳程度に置かれているだけ。私は部屋の中に入り、ぐるりと中を見渡した。すると、入り口から見て右奥の隅に、タイルの床にそのまま直に寝そべっている若葉の姿を見つけた。若葉は入院患者用のピンクの病院服に身を包み、頭にはなぜか皺だらけになったサランラップが所々にくっついていて、栗色の髪がぴったりと張り付いてしまっていた。私は若葉を驚かさないように、足音を忍ばせながら近づいていき、そっと身体を揺さぶった。若葉は寝そべった状態のままくるりと身体をこちらへ向け、私の顔を見るなり、嬉しそうに微笑む。
「おはようございます! 大尉殿!」