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警察官と私がそのまま何も言わずに向かい合っていると、野次馬をかきわけ、例の化粧水をいつも買っていたマダムが現れた。マダムは血相を変え、まさに怒りに震える鬼の形相だった。
「ちょっと、あなた! これってどういうことなの!!?」
私はその迫力に気圧され、何も言えなくなってしまう。事情を知らない警察官が、老婆心からマダムに事の顛末を説明すると、マダムの額のシワが見る見るうちにその本数を増やしていった。
「ありえない……! 私があなたのところの化粧水にどれだけのお金を払ってきたと思ってるの?」
マダムの声は震えていた。私の後ろから、店長が連れて行かれていく様子を影から見守っていたかなみさんが慌てた様子でフォローに入ってくれる。
「お客様、大変申し訳ありません。私どもも突然の出来事で混乱している状況でして、落ち着き次第こちらから改めて説明に伺いますので……」
「そんなんで私の怒りが収まるわけ無いでしょ!!!」
いつもお上品なマダムの口から大砲のような怒鳴り声が発せられた。かなみさんは私の頭を掴み、そのまま二人してマダムに頭を下げる。「申し訳ありません。申し訳ありません」と、私とかなみさんは呪文のようにその言葉を唱える。
「昔っからおかしいと思ってたのよ、化粧水にしてはあまりにさらさらとしていたし、匂いもまったくしなかったし、それにそもそも全然効果なかったし、でも、あんたたちのブランドだからと思ってこっちは買い続けていたのよ!!? それなのにそれなのに、なんで恩を仇で返すような真似ができるわけ!!?」
「申し訳ありません。申し訳ありません」
かなみさんが私の頭を掴む手の力が強くなっていく。
「あんたたちもそれが偽物だって本当は知って、私を馬鹿にしていたんでしょ!!? あーいつもの馬鹿な客がいい年こいて、意味のわからないだのって言って。陰でこそこそ、あんたたちの接客態度も今思えば、化粧水だと思って買っていたのよ!!? 馬鹿!!」
「申し訳ありません、申し訳ありません」
私は目だけを動かし、そばに立っていた警察官の方を一瞥した。犯罪者と戦う警察官も、怒髪天のマダムはどうしようもないらしく、そわそわとあちこちを見渡していた。
「デパート地下ってブランドを買っていたのも、そういえばあの人がここにいたからだったし、口コミの力を信じていなかったら、なんでタクシーを使ってまでここに服を着てきたのよ!? それなのにあんたたち人間のクズのような相手ばっかり……」
マダムの声がそこでぷつりと途絶える。私とかなえさんは頭を下げた状態で互いに目配せをし合った。そして恐る恐る、ゆっくりと私達は顔をあげた。先程まで散々言葉をまくしたてていたマダムはその場に立ち尽くしたまま、顔だけを上に向けていた。私はマダムの視線の先を追うが、そこにはいつものデパートの照明しか無い。
「お客様……?」
かなみさんがマダムに呼びかける。マダムは顔をかなみさんの方に向ける。その表情からは先程までの怒りが消え、どこか眠たげな表情だった。そして、マダムはもう一度顔を天井に向け、叫んだ。
「イーイチイチイチ! イーイチイチイチ!!」