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「店長、警察の方がお見えになっています」
私が控室で休憩していた店長にそう告げると、店長の顔は死人のように青ざめていった。手はわなわなと震えだし、私に対して「それは本当なの?」と確認をしてくる。私は足取りがおぼつかない店長に肩を貸し、二人で店の前まで戻る。その間中、店長はずっと「一体誰が……」とぶつぶつと独り言を言い続けていた。レジ前に待たせていた二人の警察官は、戻ってきた私達二人の姿を見て、威厳のある声で挨拶をした。
「あの……警察の方が何の御用でしょうか?」
店長がいつもの猫なで声とは違う、掠れた声でそう切り出した。警察官はお互いに目を合わせた後、右の警察官が胸ポケットから一枚の紙切れを取り出した。四つ折りになっていた紙を丁寧に広げ、それを店長の前へと突き出した。
「榊原絹江さん。あなたに不正競争防止法違反の疑いで逮捕令状が出ています。ご同行願えますか?」
店長はおろおろと二人の警察官を交互に見つめ、その後、何か助けを求めるかのように私の方へと視線を向けた。しかし、何が何だかわからずにいる私としては、可愛そうな店長を助けてあげることができそうになかった。
「榊原さん、あなたは高級化粧水と銘打って、美容効果も何もないただの水道水を顧客に不当な値段で売っていた。きちんと裏も取ってあります。言い逃れはできませんよ」
「違います……! 違います、これは本部から指示されてやってことで……」
「おかしいですねぇ」
警察官は呆れた表情を浮かべながら返事を返す。
「あなたが偽装表示を行っているという告発は、あなたがいう本部の人間からなされたものなんですが」
店長はその言葉に固まってしまう。私が恐る恐る店長の顔を横から覗くと、店長は警察官の言っていることをなんとか理解しようとしているのか、大きく口を開けた状態で、目玉を左右へと動かしていた。そして、ガスが抜けるような音を発した後、店長はその場で膝から崩れ落ちてしまう。
周りのお客さんが何事かとざわめく中、店長を詰問していた警察官が申し訳なさそうに頭をかき、連れて行けと横にいたもうひとりの警察官に命令した。命令された方の警察官が店長の身体を後ろから抱え、デパートの出口へと引きずっていく。
「また後ほど事情は伺いますが、店員さんはこのことを知っていらっしゃったんですか?」
警察官が私に質問する。私は顔を警察官の方へと戻す。突然の出来事に動揺を隠せない私は少しだけ口ごもりながら返事をした。
「いいえ、本当に知りませんでした」
私は嘘偽り無くそう答える。私の言葉に警察官の右の眉が少しだけ釣り上がる。
「水道水って……美容効果がなかったんですね」