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「あなたたちは何者ですか? 私達の大事なマリモに何か用ですか?」
ソ連人が流暢な日本語で私達に問いかけてくる。
「いや、その……。珍しい生き物がいるなぁって思って……。追いかけたというか、何というか」
「そんな物騒なものを持ってですか?」
私は反射的に右手に持っていたバアルを背中に隠し、ぎこちない愛想笑いを浮かべた。
「私達が何してようと、あなたには関係ないでしょ?」
エリカさんが一歩前に歩み出て、ソ連人に高圧的にそう告げた。ソ連人の腕に抱かれたマリモが抗議の鳴き声を挙げる。ソ連人は「うるさい」とマリモの身体を左手で思いっきりつねった。
「そういうわけにはいきません。私達のかわいいマリモをボコボコにして回っている連中がいるとのことでしてね。わが祖国のためにも、そういう輩を野放しにしておくわけにはいかないのですよ。もし、あなたがたがそういう輩の一味であるとするなら……」
ソ連人はエリカさんと同じように一歩だけこちらへと歩み寄る。私とエリカさんはそれに合わせるように
、一歩だけ後ずさりをする。
「車の後ろと紐で結んで、そのまま街なかを引きずり回さなくてはいけません」
ソ連人は蛇のような目で私達をにらみつける。冷たい汗が額から私の右頬を伝っていく。絶体絶命とはまさにこのことをいうのかもしれない。私は先程見た、エリカさんのお兄さんの姿を思い出す。紐で足と車の後ろを結ばれて、無様にも街なかを引きずり回される。そのことを想像するだけで、身体の内側から恐怖で震え上がった。
私は助けを求めるように横に立っていたエリカさんの顔を覗き込む。エリカさんもちょうど同じタイミングで私の方へと視線を向け、「逃げるしか無いかもね」と私だけに聞こえるくらいの小さな声でつぶやいた。私もエリカさんの言葉に頷き、足に力を入れた。しかし、その瞬間だった。
「あんまり私達の庭で好き放題してもらっては困りますね」
私達の背後からそのような言葉が聞こえてきた。私は反射的に声のする方へと振り返る。そこに立っていた声の主は、またしても背の高い外国人男性だった。バンドマンのような肩まで伸びた長い金髪に、季節外れのトレンチコート。ツンと高い鼻は天を向き、くぼんだ目の奥にはグレーの瞳が鋭い眼光を放っていた。
ソ連人の仲間がやってきた。私は一瞬そう思った。二人に挟まれては逃げることができない。私は言葉を失ったままもう一方のソ連人へと視線を向ける。しかし、ソ連人は私が思っていたような得意そうな顔をしておらず、代わりに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「ロシア人……」
エリカさんが安堵の声を漏らす。新しく登場したロシア人はにやりと不敵に微笑み、先程のソ連人と同じようにトレンチコートを前開きの部分を掴み、コウモリのようにバッと開いてみせた。ロシア人が来ていたトレンチコートの裏地には、またしても赤い糸で『Made in China』と刺繍されていた。