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1-2

 浜岡と名乗るJR職員から受け取ったスイカを早速食べようと、私は台所へ向かった。丸い緑色の球に包丁を突き立て、真っ二つに切る。スイカは白いまな板の上でパカッと綺麗に二等分に別れ、赤い断面が上を向く。そして、二つに分かれた右の片割れの断面には、つい先月別れたばかりの元彼、たっくんの顔があった。


「ひとみ。僕がすべて悪かったよ。謝るからさ、よりを戻してくれないかな。僕、もっとまともになるからさ」


 私は右手に包丁を持ったまま、深いため息をつく。仕事だなんだと言って私をあれだけ放ったらかしにしてきた元彼の言葉を私はどうしても真剣に受け取ることができなかった。それにまともな人間なら、電話やLINEで連絡が付かなくなれば諦めるはずなのに、わざわざ、スイカの断面に現れてまでしつこく復縁を迫ってくることにもちょっとだけうんざりしていた。


 赤い果肉でできたたっくんの顔はじっと私の顔を見上げ、時折、私の同情を引こうと悲しみの表情を浮かべる。それでも、その横に細長い一重の目は、私の心の機微を一瞬たりとも見逃すまいと、絶えず長いまつげの影で眼光を放っていた。


「ねぇ、私はもうたっくんには愛想が尽きたの。その言葉だって今まで何回も聞いたよ? それにね、仕事やら妹のお世話やらで私も大変なの。もうこれ以上、つけまわさないで」


 たっくんが何かを言おうと口を開ける。私は反射的に包丁を突き立て、口をふさいだ。たっくんは喃語のようにごにょごにょとつぶやいた後、それっきり黙りこくってしまった。徐々にスイカの断面からたっくんの顔が消えていき、私がよく知るスイカの断面へと戻っていった。私は包丁の先でツンツンとつつき、もはやたっくんが完全にいなくなったことを確認した後で、ようやくスイカを一口サイズに切り分け始めた。


 半分を青色のタッパーに詰め、冷蔵庫に入れる。もう半分も同じ大きさの緑色のタッパーに詰め、こちらはアルミでできた保冷バックに、保冷剤と一緒に入れた。時計を見る。時刻は午後一時を回ったところ。私は簡単に化粧を済ませ、灰色のキャスケットをかぶる。それから私は玄関前の鏡で全身チェックをした後で、保冷バックをつかみ外へと出る。玄関の外に出たとたん、まとわりつくような湿気と、マンションの白い壁を照り返った白い光が私を包み込む。夏だな。私はそう思った。

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