3-1
私が病室の扉を開けた時、若葉は仰向けの状態でふわふわと空中に浮かんでいた。
若葉の腰には黒革のベルトが巻かれていて、背中側には紐が結び付けられている。紐の先端はベッド横仕切りに繋げられていて、その結び目の一、二メートルほど上空を若葉の身体は左右にゆらゆらと揺れていた。若葉は両手を胸の前で組み、目を閉じている。お昼寝の時間なんだろう。私はデパ地下のケーキを机の上に置き、ベッドの横に置いてあった丸椅子へと腰掛けた。
「おはよう、大尉殿」
「おはよう」
若葉は眠たそうに目をこすりながら私を見下ろした。私はいつものように若葉とベッドをつないでいる紐を手繰り寄せ、若葉の身体をベッドの上まで降ろしてあげる。十分な低さまで降りてきた若葉は、また浮き上がってしまわないようにと両足をベッド横の仕切りの格子部分に足を挟んで身体を固定した。
「右耳の原子力だって、今日はいつもより強めだったんだ」
若葉が少しだけはにかみながら、照れ隠しをするかのようにつぶやいた。私は目にかかっている前髪を手で払ってあげながら、若葉の右のほっぺたを優しく撫でる。若葉は猫のように目を細め、くすぐったいよと笑って見せる。
「今日はケーキを買ってきたよ」
私は紙袋からケーキ箱を取り出し、中を開いてみせる。若葉は上から箱の中身を覗き込み、歓声をあげた。目を輝かせながら箱の中身を見つめている若葉を見ると、心が洗われるような気がした。私は家から持ってきた二枚の紙皿と二本のフォークを取り出し、中に入ったイチゴのショートケーキと和栗のモンブランをそれぞれにのせた。どちらも食べたいからとねだる若葉の提案で、私たちはそれぞれのケーキを半分こにして食べ始める。椅子とベッドに腰掛け、向かい合いながらの食事。私達は時折顔を上げ、美味しいねと微笑み合う。
「ごちそうさまでした」
若葉の幸せそうな表情を見ていると、化物退治の仕事も悪くないと思える。少なくともこの仕事のおかげでちょっとした贅沢ができるのだから。
私が紙ナプキンで口についたクリームを拭っていると、若葉がじっと私の方を見ていることに気がついた。どうしたの、そんな真剣そうな表情をして。私は尋ねると、若葉は少しだけ躊躇った後、口を開いた。
「大尉殿は……ソ連行ったことある?」