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エリカさんは足音を立てないよう忍び足で、さらに狭い路地へと入っていく。エリカさんは背負っていたテニスケースを前に持ってきて、中身を取り出す。なんだろうと思って私が背中越しに確認すると、中から取り出したのは、ホームセンターで売っているような黒のバールだった。
それを使うのかとエリカさんに尋ねようとしたその時。私の耳に、何か生き物のような鳴き声が聞こえてきた。私は息を飲み、じっと耳をひそめる。聞こえる。確かに、私とエリカさんが進んでいる方向からかすかに生き物の鳴き声が聞こえてくる。
私の胸が緊張で締め付けられる。危険はないと言っていたが、果たして本当なのだろうか。怪我してしまうんじゃないかとか、そもそもなんでこんなことに付き合っているのかという思いが私の頭を駆け抜ける。ちょうどそのタイミングで、目の前のエリカさんが立ち止まる。私は急には立ち止まれず、エリカさんの背中にぶつかってしまう。
「やっと見つけた。あれがソ連の生物兵器よ」
エリカさんが嬉しそうに微笑みながら振り返る。私は戸惑いながら、エリカさんが指差す方向へと目を向ける。路地の突き当り、ゴミが散乱したその場所にいたのは、サッカーボールほどの大きさをした真っ黒なマリモのような物体だった。
「あれが生物兵器なんですか?」
私が疑いの眼差しで目の前のマリモを見つめていると、エリカさんは「そうそう」と軽い返事を返した。私はもう一度目の前の生物らしきものに目を向ける。マリモのような物体は突然現れた私達を威嚇するように、毛先をくねくねと揺れ動かし、先程から聞こえている独特な鳴き声を発している。
「イーイチイチイチ! イーイチイチイチ」!
エリカさんは肩に背負っていたバッグを地面に起き、改めてバールを握り直す。
「さっさと片付けなくちゃ。まだ一匹目なんだし」
エリカさんは「見てて」と私につぶやくと、そのままマリモのような物体に近づき、何のためらいもなく手に握っていたバールを振り下ろす。二度、三度続けてバールを振り下ろすと、マリモのような物体の鳴き声は小さくなっていき、動かなくなった。エリカさんは足先でマリモのような物体をツンツンと触り、完全にマリモのような物体が死んでしまっていることを確認すると、持っていたバールを再びラケットケースの中へと収納する。ぽかんと口を開けたまま事の顛末を見守っていた私に気がつくと、エリカさんは少しだけ満足そうな表情を浮かべた。
「これが私達の仕事よ。簡単でしょ?」