シリア内戦 政府軍パイロット2
俺は、大統領の属するものと同じ宗派の、それなりに力のある家に生まれた。軍での出世は順調で、妻や娘たちにもいい暮らしをさせてやれている。いまの生活を手放したくはない。俺たちの宗派は少数派だ。一度支配層から陥落したら、この暮らしが続くなどありえない。そして、何より、俺たちはもうここまでやってしまっている。
眼下のアレッポ、人通りが絶えた街の中を貫く穴だらけの高架道路。その脇に、元は誰かの家があったであろう場所に、棘のようなものが林立している。全て墓だ。俺たちが壊した建物の、瓦礫を退けた跡地に、畑に育った麦のように立っている。水の代わりに爆弾を与えて、せっせと育てた憎悪の麦だ。俺たちはこの麦畑の分だけ憎まれている。俺は命令されてやってるだけで、ここの奴らに恨みなんか無いのに、恨まれなきゃならんのは割りに合わないとおもうんだが、軍人だから仕方ない。ただ、向こうは軍人だからとか命令されたからなんて言い訳を聞いてくれそうにはない。負ければ俺の妻子も父母も兄弟もどんな目に遭わされるかなど、想像に難くない。俺がただ死ぬだけならいい。妻も娘も、政治家や高級官僚をやっている父親や兄弟が面倒を見てくれるだろう。でも、俺たちの宗派、俺たちの派閥、俺たちの大統領が負けてしまえばそれも期待できない。俺たちは負けるわけにはいかない。だから、それが勝つために必要と考えたなら、どんな作戦だって遂行する。事前に住人のいる建物を爆撃して、怪我人を輸送する車を追尾し、隠蔽された医療施設にまで爆弾を落として、ここの奴らを絶望の淵に叩き落す作戦だって迷わずやる。
俺は命令された爆弾投下地点に、ヘリを停止させて願う。死んでくれ。どれだけ憎んでも恨んでもいいから死んでくれ。俺のために、俺の妻と娘たちのために死んでくれ。誰にも収穫されない麦の一房になってくれ。