稀に異世界で居候娘
物が溢れて少し乱雑気味だが、中高生の女の子らしい雰囲気がある部屋。
その部屋の三分の一程を占めるベットの上で、掛け布団の上に横になり目を瞑って、ピクリとも動かない女の子。
その女の子の頭には、ゴーグルタイプの少し厳ついヘッドセットが装着されていて、そのヘッドセットからはベットの横にある勉強机の上に置かれた単行本サイズの機器へとケーブルが伸びている。
カタッ。
その部屋のドアが開いた。
痩せぎすな少し生真面目そうな感のある中年の男が入って来る。
「まいちゃん?」
「…。」
「勉強、してない、な。困ったもんだ…。」
「…。」
男は、部屋の入り口付近からベットの脇まで進み、女の子の顔を見ようとして見れずに、ゴーグルタイプのヘッドセットを見て、戸惑いの表情。
「これは…。」
男の視線が、ケーブルを辿って勉強机の上にある単行本サイズの機器に辿り着き、その横に置いてあるDVDケースタイプのパッケージに。
「ゲーム、だな。 タイトルは...?」
そのパッケージを手に取り、描かれた絵と説明文の文字を、目で追う。
「このドレスは、中世のヨーロッパ、的な異世界、か。魔法はあり、みたいだな。…で、冒険、というよりは世直しに励む、ってパターンか?」
男は、再び、女の子の顔(の辺り)を見る。
ピクリとも動かない女の子。
男の眉間に、皺が寄る。
「…。」
「…。」
「…。」
男が、腕時計を見る。女の子を見る。首を捻る。
男は、不審そうな表情になり、また、女の子を見る。
女の子は、やはり、ピクリとも動かない。
「変、だよなぁ。バーチャルゲームなら、確か、操作で手足を動かした筈、だと思うんだが…。」
首を捻る、男。
何やら、少し、考え込む。
が、無い無い無い、といった感じで、首を振り、気を取り直して、再び口を開いた。
「まいちゃん! おーい、娘。起きなさい。」
「…。」
「おぉ~い。」
男が、娘の頭に装着されたゴーグルの左目上辺りの額の部分のシールドを、軽くノック。
コンコンコンッ。
男が、娘の肩を軽く掴んで、揺らす。
ゆさゆさゆさ。
娘は、ピクリとも動かない。
反応なし、と確認した男が、更に、大きく娘の肩を揺らす。
ゆさゆさゆさ、ゆさゆさっ。
と…。
「ふぉええええぇ。え? …わわっ!」
娘が、いきなり、飛び起きる。上半身が、勢いよく起き上がった。
呆れた顔になる男。
「…。」
「おわわわわっ! なになに、なに? ま、前、見えないぃ~。」
「…ゴーグル。」
「んんんんん、んっ? へ?」
ゴーグルを付けたまま、左右にきょときょと、と首を動かす娘。
男が、やれやれ、と言いたげな表情をして、娘のゴーグルを取り外した。
視界が急に開けた娘は、パチクリ、と驚きの表情。
「あ、お父さん。久しぶりっ、…っていうか、二週間ぶり?」
「…。」
「ん? 正確には、15日ぶり、かなぁ? 元気だった?」
嬉しそうに笑う娘。
呆れた顔で、見かえす父親。
「あのなぁ。30分前に、一緒に昼ご飯を食べたばかりだろうが…。」
「へ?」
やれやれ、と肩を竦める、父親。
不審げな表情の娘。
「ええぇっ? 嘘ぉ~。いやいや、私、異世界で大活躍を、というか、さっき、危なく悪者に捕まりかけて…。って、あれれっ?」
「…。」
「…う~ん。夢、ではないよねぇ。」
茫然自失の娘。
「おいおいおい。」
「お父さん、本物?」
「おい。」
少しむっとする父親と、マイペースに自らの思考に没頭する娘。
暫くの沈黙。
ポツリと呟く娘。
「時間というか日数が長すぎだしぃ、リアルだったし、手触りもあったし。音や視覚はまだしも、匂いや痛覚や味もあったしなぁ…。」
「…。」
「けど、あれは...の世界だったし、近づけなかったけど主要キャラの...も居た、んだよね。たぶん。」
ブツブツと呟く娘。
可哀そうな人を見る目になる父親。
「もしもぉ~し。」
「でも、ゲームじゃなかったよなぁ。リアルすぎ、っていうか、メニューもログアウト機能もなかったし。」
「おいおい。」
「ちぇっ。異世界に転生できたかと思ったのに、残念…。」
「…。」
ジト目になって娘を見る、父親。
父親の冷たい視線にハッと気付いて、少し慌てる娘。
「あ、えっと、その、テヘッ! 冗談、冗談。いや~、帰って来れて、よかった良かった。ははははは。」
「ほほおぉ~。」
「いやぁ~、ホント。我が家が一番。お父さんの娘で良かったよ。」
「…。」
「嘘じゃないって! 本当に。ほ、ほら、いつも言ってるじゃん。一緒に異世界に転生しよう、って。ね?」
「そうだねぇー。」
セリフ棒読み、の父親。
視線が泳ぐ、娘。
「ははははは。」
「…。」
少し憮然とした表情の父親と、冷や汗タラリの娘。
娘は、アワアワと焦った仕草をした後、急に手を叩く。
ポンッ。
「そういえば、あの世界って、何だったんだろう…。」
真面目な表情に戻り、顎に手を添えて考え込む娘。
呆れながらも、少し心配げな表情になり見守る父親。
娘は、ブツブツと、思考を垂れ流し始める。
「けど、あれって、どう考えても...の世界、だよね。」
釈然としない表情で呟く娘。
「まあ、私は、主人公の扱いじゃなかったけど…。」
不本意そうな表情に。
「いやいや、あそこで...に襲われて、実は素敵な能力に目覚める予定だった、とか?」
少し期待の顔。
「あ、けど、魔法は結構使えたから、モブキャラ扱いでもなかったような…。」
えっへん、とばかりに自慢げに背筋を伸ばす。
「そうそう。...にも、割と大事にして貰ってた、んだよねぇ。」
ちょっと寂しげな微笑み。
「お嬢様って、私の柄じゃないけど、あれはあれであり、だよねぇ…。」
うっとり、と頬に手を添える。
「ダンスパーティも、出てみたかったんだよね。まあ、...の厳しいレッスンには耐えられそうにないから、無理そうだけど…。いやいや、頑張ればできたか?」
少し苦笑いに。
「みんな、大丈夫かなぁ…。まあ、大丈夫か。私が一番、足引っ張ってた、もんね。ははははははは。」
乾いた笑いに、少しの寂寥感を漂わせた。
少し時間をかけて事情を説明し終えた娘に、納得の表情で頷く父親。
「なるほど。」
「えっ? そんな簡単に信じて良いの?」
驚きの表情の娘。
平然としている父親。
「親が子供を信じなくて、誰が信じてくれるんだ?」
「いや、まあ、そうだけど…。変だと思わないの?」
「まあ、話だけ聞いたのなら、疑うところだな。」
「そ、そうでしょ!」
「…あの、なあ。疑って欲しいんか!」
「そんなこと、ない、けど…ねえ。」
釈然としない感じの娘。
真面目な顔になる父親。
「お父さんは、心霊写真や未確認飛行物体の映像とか怪談話や都市伝説なんかは小馬鹿にして真面目に聞かないけど、SFやファンタジーは好きな方だぞ。」
「うん。知ってるけど…、実在するとは信じていないんでしょ?」
「まあ、そうだな。」
「じゃあ、なんで、私の話を疑わないの?」
「異世界から帰ってきたと言う娘のその時の様子を、ずっと見てたからな。」
「…。」
「まあ、それに、娘が嘘を言っているかどうかくらい、ある程度は分かる。」
「…。」
「VRゲームにログインしたと思ったら、なぜかメニューが出せない。やけにリアルな映像かと思えば、五感の感じ方がバーチャルの際とは全く違う。よそ見していて人にぶつかったら、コケて怪我をした上に物凄く痛かった。」
「あはははは。」
「平和な日本国内の感覚で飲料水を入手しようとしたら、身ぐるみ剥がされた。たまたま迷い込んだお屋敷で捕らえられたけど、誤解が解けるとお世話して貰えることになった。遊び半分で試していたら魔法が発動して、素質があるかもとほぼ無理矢理に教育を受けさせられた。」
「えへ。」
「けど、理論面はチンプンカンプンで理解が進まないし、身体能力は現実そのままで人並み以下だし、現実世界の知識を活用しようにも中途半端で役に立たない。ゲーム感覚で主人公補正があるかもと無謀な行動にでたら、ダメダメで、庇護者とその関係者に迷惑をかけまくりながら助けられた上に問題の解決まで面倒を見て貰った。」
「うっ。」
「と、まあ。流石、我が娘、って感じの残念っぷりは、納得の現実だからな。」
「ひ、酷い。」
「で、しかも、あっちの世界でドジして作った怪我も、そのまま残っている、と。」
「うん。そう、これ、と此れ。」
膝の怪我の痕を見せる娘。
チラリと見る父親。
「まあ、その程度で済んで良かった、と安堵すべきだな。」
「うん。」
「下手していたら、大怪我をしていたかもしれない訳だし、運良く庇護してくれる頼りになる大人に出会えたから良かったものの、運が悪ければどうなっていたものやら。」
「そうだよね。」
「まあ、娘の記憶力には多少の不安が残るけど、VR機器を使用することによる影響はまだまだ未知数だし、人間の意識や心が何処にどのような形で存在しているのかは全て解明されている訳では無さそうだから、絶対にあり得ないとまでは思っていない。」
「そっか。」
「そう。で、済んだことは措いておいて。問題は、これから、だぞ。」
「えっ?」
鳩に豆鉄砲の状態で、まじまじと父親の顔を見る娘。
ニヤリと笑う父親。
「せっかく貴重な経験をしたのだから、それを活かさなくてどうする。」
「ま、まあ。そうだね。」
「そう。それに、次回があるかどうかは分らないが、次回に備えて今回の反省をした上で改善と対策もしないとな。」
「う、うん。」
「学校の勉強が無駄じゃない、と理解したんだろ?」
「うん。」
「もっと、キッチリと勉強しておけば良かった、と感じたんだろ?」
「そ、そうだね。」
「じゃ、真剣に勉強しよう!」
「…。」
釈然としない表情の娘。
にこにことする父親。
考え込む、娘。
「うぅ~ん。」
「ほらほら。勉強、勉強。」
「いや、まあ、そうだね。」
「そうそう。」
嬉しそうな父親。
更に考え込む娘。
「まあ、知識と訓練は大事、だよね。」
「うんうん。」
「折角、文明が進んで平和な世界に住んでいて、その気になれば簡単に教えて貰えるんだから、その環境を活かさない手はないよね…。」
「そうそう。勉強しよう。」
「…そうか。そうだね、次回に備えて、レベルアップしておかないと困るもんね。」
「さあさあ、机に座って、猛勉強!」
「そう、そうだね。…うん。」
閃いた、と明るい表情になる娘。
ポンッ。
手を叩いた姿勢のまま、首だけ動かして、ニコリと父親の顔を見る娘。
タラリ、と一筋の汗を額に流す父親。
「えっと…。」
「お父さん!」
「う、うん。何かな。」
「カルチャースクールに行って良い?」
「…な、何を、習うのかな?」
「経験は活かさないと、ね。次回への備えも大事、だよね。」
「あ、ああ。」
「そうよね、サバイバル能力は必須。あと、コンビニや電気がない環境でも便利に暮らすための知識は、重要。そうそう、知識だけじゃなくて事前の練習も必要よね。う~ん、物は持って行けないんだよねぇ。こっちで体力つけたら、あっちでも体力アップしているのかな?」
「おいおい。」
「よしっ。善は急げ、だね。」
「お、おう。」
「じゃ、お父さん。ちょっと、出かけてくるね!」
ドタドタドタドタドタ。
ダンッ。
疾風のように、自分の部屋を飛び出していった娘。
一人取り残された父親。
「おいおい。行く気満々だったけど、もう一度、異世界へ行けるのか?」
ポツリと呟く父親。
やれやれ、と肩を竦めた父親は、娘の部屋を退去していった。
* * * * *
お?
お、おお、おおぉ…。
「…お、おおっ! よっしゃー。良くやった、私!」
軽くガッツポーズしながら、思わず、御上りさんよろしく、周囲をきょときょとと見廻してしまう。
VRゲームではありえない、リアルでクリアな感覚。けど、明かに現代日本じゃない、風景。
「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ。よしよし、よし。ヒ、ヒヤッホォ~い!」
や、やったよ、私。
もう、何十回目だか忘れてしまったけど。毎回毎回、落胆し続けながらも、何かの役に立つかと思ってプレイをし続け、次こそは異世界へと期待して、この世界によく似たバーチャル空間でプレイするVRゲームにログインし続けた甲斐あって、やっと、再び、この世界に来られたよ。
「ははははは…。」
そう。
そう、そう。
この草木や土の匂いがする空気。
石造りの街並み。馬車が行きかう、石畳の道。
その道の真ん中から、道端の方向へと首を捻る。
と。
目をまん丸にして驚愕の表情をしている若い女性、と目が合った。
「へ?」
慌てて、我が身を上から下まで確認する。
けど、別に変なところは、ない。
以前に伯爵様からお借りした、この世界のお嬢様ルック。年相応で、少しばかり上質なドレスと革のブーツ。うん、特に変ではない。
な、何をそんなに…。???
「ど、退いてくれぇ~っ!」
かなり近くから聞こえる、荷馬車の御者と思しきおじさんの声。
急に気付いてしまった、馬車の車輪の回るゴトゴト音。
なぜか耳元に感じる、馬の鼻息?
馬車馬の息。???
って、わわわわわわわぁ~。は、ははは、は、早く、避けなきゃっ…。
オーまいガァ~!
死の直後の走馬燈じゃない、というかそう思いたいのだけれど、周りの景色がセピア色っぽくなって、スローモーションで流れていくような…っていうか、私、今、吹っ飛んでいるぅ?
うぎゃー。遅れて痛みがぁ…い、痛いかもぉ~。
せっかく、やっとの、念願の、二度目の異世界がぁ…。
ゆっくりと、意識が、次第にホワイトアウト(?)していって………。
CMであれば、ここで「続きは、Webで。」となる処。なのですが、詳細は「小説について彼是」の「番外編」にて告知(?)を...。そちらの方も、お読み頂ければ幸いです。