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左利きの次郎兵衛  作者: ケンタシノリ
第1話 天涯孤独の男と小さき少年
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その6

 初日の練習を終えたその夜、次郎兵衛は布団の中に入ろうとしていた。次郎兵衛は、昨日の夜のことを思い起こしながら横へ振り向いた。


「まだ寝ないのかなあ……。よっぽどおねしょしたくないから、布団の上へ座っているのか」


 並之助は、布団の上へ座ったままで寝ようとする気配がない。次郎兵衛は頭ごなしに言うことはせずに、並之助を安心させて寝かせようとある言葉をかけることにした。


「並之助、おねしょをしたくないから寝ようとしないの?」

「う、うん……。だって、お布団を干されるの恥ずかしいんだもん……」

「そんなことを考えなくても大丈夫! おねしょしちゃっても恥ずかしがることはないぞ」


 並之助ぐらいの年齢なら、布団におねしょをすることぐらい当たり前のことである。おねしょしても、明るい気持ちで朝を迎えてほしいというのが次郎兵衛の願いである。


「おねしょしても、いつものように堂々とすればいいぞ! さあ、早く布団に入って寝ようか」

「おじちゃがそう言うなら、ぼくもすぐ寝るからね」


 次郎兵衛の言葉を聞いた並之助は、布団に入るとすぐに眠りの中へ入って行った。


「並之助の寝顔、昨日見たときとは全然違うなあ。こんなにいい寝顔だったら、楽しい夢でも見ているかもしれないなあ」


 次郎兵衛は並之助の寝顔を見届けると、自分も寝床に入ってぐっすりと眠ることにした。




 再び朝を迎えると、次郎兵衛は並之助のことが気になってすぐに布団から起き上がった。隣で寝ていた並之助のほうも目を覚ましたが、まだ布団に入ったままである。


「並之助、掛け布団をめくっていいかな」

「おじちゃ、えへへ……」


 次郎兵衛は、並之助の照れた顔つきがどんな意味かすぐに分かった。すると、並之助は次郎兵衛の前で自ら掛け布団をめくった。


 お布団を見ると、そこには並之助の象徴といえるおねしょが大きく描かれていた。


「えへへ、今日もおねしょをしちゃったよ」

「昨日よりも一回り大きなおねしょをやったのか、すごいなあ」


 並之助は赤面しながらも、おねしょでしょんぼりするしぐさを見せることはなかった。おねしょしても堂々と笑顔を見せる並之助の姿に、次郎兵衛もやさしく見守っている。


 そこへ、一足早く起きていたおうめが並之助のところへやってきた。おうめは、ほほえましい笑顔で並之助に愛情を持って接している。


「きょうも見事にやっちゃったね。子供だったら、おねしょぐらいしたって大丈夫だから」

「これからは、おねしょしても隠さないからね」


 並之助の前向きな表情を見ながら、おうめはそのおねしょ布団を庭へ干しに行った。


 布団には大きな地図が描かれているが、それは同時に並之助のおねしょ克服への第一歩を示すものである。




 その後も、並之助が次郎兵衛の前で泳げるように何度も特訓が続いた。


 次郎兵衛の手を借りていた並之助であるが、何とかして自分の力で泳ごうとする努力を惜しまなかった。


 そして、何十回も繰り返した努力の成果が身を結ぶときがやってきた。ほんの少しだが、並之助は自分で泳げるようになったのである。


「おじちゃ、ほんのちょっとだけど自分で泳げるようになったよ!」


 並之助は、自分で泳げるようになって満面の笑顔を見せた。この様子に、次郎兵衛も思わず並之助を抱きしめて喜びを分かち合った。


 これで自信をつけた並之助は、その後も練習を重ねて行った。その成果は、自分で泳げる距離を少しずつ伸ばすことで現れてきた。


「おじちゃのおかげで、こんなに泳げたよ!」

「並之助、その調子でがんばればもっと長く泳げるぞ」


 並之助が水泳の特訓で自信をつけたことは、もう1つの欠点にも大きな効果をもたらすことになった。


 相変わらずおねしょをしてしまう並之助だが、布団に描かれた地図は少しずつ小さくなっていった。ようやく治る兆しが見えたことに、おうめもやさしい目つきで並之助を見つめている。


「あれだけ大きなおねしょをしていた並之助だけど、今日はお布団に小さなおちびりで済んだね」


 おうめは並之助の布団を見ながら、その成長ぶりを感じるようになった。


 そして、並之助が泳ぎの特訓をするようになってから1週間を経過したある朝のことである。


 いつものように次郎兵衛が目を覚ますと、隣で寝ていた並之助がいきなり飛び起きた。


「うわっ、おしっこがもれる……。我慢できない……」


 並之助は、腹掛けの下を押さえながら土間のほうへ飛び降りた。昨日までとは違う様子に、次郎兵衛は並之助の掛け布団をめくってみた。


「あの並之助が……。ついにおねしょをしなくなったのか」


 次郎兵衛は、おねしょの地図が描かれていない布団を見ながら目を細めた。


 並之助はおしっこをしようと引戸を開けて外へ出たが、その途端に思わず足を滑らせてしまう。


「うわっ! お、おしっこが……」


 尻餅をついてしまった並之助は、我慢していたおしっこをもらしてしまった。並之助の周りには、おもらしで描いたものが地面に浮かび上がっている。


「せっかくおねしょしなかったのに……」


 並之助は、おもらしをしちゃった恥ずかしさで顔を赤らめている。


 しかし、次郎兵衛もおうめもそんなことは一切気にしていない。むしろ、並之助が初めておねしょをしなかったことが何よりもうれしいのである。


「並之助、よくがんばったな。だって、初めておねしょしなかったんだもの」

「でも、おもらしをしちゃったし……」

「そんなことは考えなくていいぞ。お布団におねしょしなかっただけでも、並之助は立派だとわしは考えているぞ」


 次郎兵衛の言葉に、並之助はいつも通りの明るい笑顔を取り戻した。並之助の前向きな顔つきは、次郎兵衛がここへくる前には考えられなかったことである。

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