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左利きの次郎兵衛  作者: ケンタシノリ
第1話 天涯孤独の男と小さき少年
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その5

 並之助は、朝ご飯を食べ終えると水汲みをするために桶を持って家を出ようとした。


 これを見た次郎兵衛は、すぐに並之助を呼び止めた。


「ため池のほうへ行くのなら、わしもいっしょについて行くぞ」

「おじちゃ、水汲みくらい自分でできるもん」

「並之助が何でもできる子であるのは、わしもよく分かってる。でも、ならず者が現れないという保証はどこにもないぞ」


 並之助は、少しでも母親を助けようと毎日のようにお手伝いを欠かすことはない。しかし、この辺りはならず者が頻繁に出没するところでもある。


 次郎兵衛は、並之助をならず者から守るためについていくことにした。誰よりも頼もしい次郎兵衛を見て、並之助は次第に笑顔を見せるようになった。


 2人は、山道をはさんだ向かい側にあるため池の河原へやってきた。すると、並之助はため池を眺めている次郎兵衛に何か言い始めた。


「このため池はねえ、おっとうや村のみんなが力を合わせて作ったんだよ!」


 山奥にあるこの村では、平野部に見られるような用水路の開削は不可能であった。そこで、村人たちは力を合わせてこのため池を何年もかけて造り上げた。


 ため池ができたことで農業用水としてはもちろんのこと、生活用水としても村人たちに利用されてきた。


 その小さい村もならず者に殺されたり逃げ出したりして、今でも村に住んでいるのはおうめと並之助の2人だけとなった。


 ため池で水を汲んだ2人は、それを持ってすぐに家へ戻ることにした。


「池の水を汲んだから、いっしょに家のほうへ戻ろうか」

「おじちゃ、水汲みが終わったらため池で水遊びをしようよ」


 次郎兵衛は並之助を見ながら、どうしても気になってしまうことがある。


「普通にため池に行くぐらいだから、水を恐がるようには見えないのに……。どうしてカナヅチなんだろうか……」


 次郎兵衛の思いとは裏腹に、水汲みを終えた並之助はため池のほうへ再び駆け出して行った。


「おじちゃ、早くきてよ! 早く! 早く!」

「並之助、そんなに早く行ったらいけないぞ」


 並之助は、いつも腹掛け1枚だけで活発に動き回る少年である。池の中に足を入れては、水をパシャパシャさせながら遊んでいる。


「おじちゃ! 水の中に入ったら、こんなに気持ちいいよ!」


 元気で快活な並之助の姿に、次郎兵衛も池のほとりへやってきた。次郎兵衛は笑みを見せながらも、思い切ってあのことを言うことにした。


「ははは、そんなに気持ちいいのか。それなら、池の中に入って泳いでみたらどうか」


 セミの鳴き声が響き渡る真夏の暑い盛り、池で泳ぎ回るには絶好の機会である。しかし、そんな次郎兵衛の勧めに並之助は首を縦に振ることはなかった。


「やだやだ! おじちゃの頼みであっても泳ぐのは絶対やだ!」


 池のほとりにいた並之助は、その場から逃げようと走り出した。しかし、並之助がどんなに逃げても、次郎兵衛の足の速さに間もなく捕まってしまった。


「わ~っ! ここから放して! 本当に泳げないの!」


 わめき声を上げる並之助を見て、次郎兵衛はやさしくなだめようとしている。それでも、並之助は首を横へ振るばかりである。


「いやだ、いやだ! 絶対に泳ぎたくない!」

「並之助、どうしてかたくなに泳ごうとしないの?」


 相変わらず駄々をこねる並之助に、次郎兵衛はその理由を聞いてみることにした。


「ぼ、ぼく……。おっとうから泳ぎを教えてもらうために池に入ったけど、そのとき……」


 並之助は全く泳げない理由を話し始めたが、あまりにも自信なさげな口調で次第に言葉が詰まってきた。


「それで、どうなったの?」

「泳ごうとしたら……。池の中の深みに入っておぼれてしまったの……」


 ようやく言い終わった並之助の目からは、あふれた涙が顔を伝って流している。


 並之助が泳げない理由を聞いて、次郎兵衛は心を痛めていた。次郎兵衛は、並之助の気持ちに寄り添っていたのか自問自答している。


 すると、次郎兵衛は並之助のカナヅチ克服のためにある妙案を思いついた。それは、並之助に泳ぐことに自信をつけるとともに、もう1つの欠点であるおねしょ癖の克服を目指すものである。


 そうは言っても、自分の持論をそのまま押しつけては逆効果である。次郎兵衛も、その点は十分承知の上であるのは言うまでもない。


「並之助が自分で泳げるようになるために、わしが今から特訓してやるぞ」

「泳げるようにって……。でも、池の中に入るのは……」


 次郎兵衛は股旅姿の着物を河原で脱ぐと、ふんどし1枚だけの姿で並之助のそばへきた。


 しかし、次郎兵衛が誘っても並之助は池のほとりで立ち止まったままである。池のほとりで水遊びをするのは問題ないが、池の中で泳ぐのはまだためらっているようである。


「ほんのちょっとでも泳げるようにがんばろう! わしも応援するから」

「う、うん……」

 次郎兵衛の励ましを受けて、並之助はようやく池の中に足を踏み入れることになった。最初に行うのは、並之助が抱く水への恐怖心を払拭することである。


「まず、最初に水の中に顔をつけてみようか」

「本当に大丈夫なの? おぼれたりとかしないよね……」

「そんなにおびえなくても大丈夫だって!」


 並之助はためらいを見せながらも、水の中に恐る恐る顔をつけた。それを何回も続けていくうちに、並之助は次第に水に対する恐怖感を拭い去るようになった。


「おじちゃ、水に顔をつけても大丈夫だったよ」

「並之助、よくがんばったな。じゃあ、次は池の中で泳ぐ練習をしようか」


 次郎兵衛は手取り足取り教えるよりも前に、並之助が自分で泳ぐことができるのか見守ることにした。水に慣れたはずの並之助であるが、実際に泳ごうとするとなかなかうまく行かない。


 何度試みても前へ進むことができず、水に溺れかけることもしばしばである。それでも、並之助はその場から逃げるような素振りは見せないと心に決めている。


「いきなり泳げなくても大丈夫だ! 少しずつがんばろう」

 次郎兵衛は、並之助にすぐ結果を求めることはない。まずは、並之助に自信をつけることが一番の目標である。


 自分で泳げるようになろうと繰り返し努力する並之助の姿に、次郎兵衛はやさしい顔つきで見つめている。


「並之助、今日はこれで終わりにしようか。明日もまたこの池で練習しような」

「おじちゃ! もっと泳げるようにがんばるからね!」


 まだまだ泳げるわけではないが、並之助の前向きに練習しようとする姿勢は次郎兵衛にも伝わったはずである。

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