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左利きの次郎兵衛  作者: ケンタシノリ
第6話 百貫島に潜む海賊連中との最後の戦い
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その5

「ようやく、この島の頂上が見えてきたな」


 草むらに覆われた山道を歩く間、次郎兵衛は次々に現れる海賊連中をこの手で斬り倒していった。けれども、これまでの道のりが決して平坦ではなかったのもまた事実である。


 それは、次郎兵衛も重々承知している通りである。敵への警戒を緩めないのは、海賊たちの実力を知っているが所以である。


 そのとき、次郎兵衛は頂上に見慣れた特徴のある顔つきの男がいることに気づいた。


「あの男か……。走島で海賊連中を率いていたのは」


 次郎兵衛は、走島の砂浜で海賊たちと立ち回りを演じたときのことを思い出した。その際に、海賊たちに命令を下した中心人物こそが口髭を蓄えた海賊の男である。


 頂上へ足を踏み入れた次郎兵衛の前には、両端に尖った刃を有する槍を持った男が待ち構えている。海賊の男の表情は、まるで獲物を狙うかのような鋭い目つきである。


「やっぱり貴様か……。よくもまあ、あれだけの海賊たちを何十人も倒すとは」

「山道の草むらから急襲してくるから、容易に戦える相手ではなかったけど」


 次郎兵衛は右腰に差した鞘から刀を抜くと、すぐに両手で構えることにした。今までと比べ物にならない敵の頭領を前に、次郎兵衛は表情を引き締めた。


「それはそうと、お前たちはどうして島々で暮らす漁民たちを襲うのか? 海賊というのは、本来そういうことをするような輩ではないのだが」


 海賊というのは、村上水軍のように瀬戸内海の制海権を握って通行料を徴収することはあっても、芸予諸島をはじめとする島々を襲うということはあまり聞いたことがない。


 しかし、百貫島を根拠地とするこの海賊連中は、最初から我が物顔で瀬戸内海の島々を襲うことを目的にしているようである。


 もちろん、海賊停止令によって海賊活動が公にできなくなったこともあろう。だからと言って、海賊たちが漁民たちの家を襲って略奪や殺戮を繰り返す行為は言語道断であるのは言うまでもない。


「それはそうと、お前の名前は何だ?」

「貴様が名乗らずして、おれに名前を名乗れというのは無礼な……」


 次郎兵衛の態度が気に食わない海賊の頭領は、自ら握りしめた槍を振り回しながら威嚇している。これを見た次郎兵衛も、目の前の敵に向かって刀を振り下ろした。


 次郎兵衛と海賊の頭領は、刀と槍がぶつかり合いながらもお互いに一歩も譲ることはない。


「わしの名前は、次郎兵衛という者だ」

「次郎兵衛って……、ま、まさか左利きの次郎兵衛のことか……」


 次郎兵衛が自らの名を出した途端、海賊の頭領は噂に聞いていたその名前に驚きを隠せない表情に変わった。


 次郎兵衛は、相手の表情を見ながらさらに言葉を続けた。


「わしのことを知っているということは、それだけお前ら海賊連中が悪事を繰り返すのを自ら示しているということだな」


 すると、海賊の頭領は次郎兵衛の言葉を聞いて、露骨に不快感をにじませている。


「おれのことを好き勝手言いやがって……。この場で血まみれにしてやろうか!」


 海賊の頭領は、槍の鋭い刃先を次郎兵衛に突きつけてきた。次郎兵衛は突然の攻撃にかわそうとした途端、後方へ仰向けに倒れ込んでしまった。


 敵の男は好機と言わんばかりに、次郎兵衛を真上から一突きにしようと見計らっている。


「次郎兵衛! これで貴様を地獄へ落としてやるわ!」


 すると、次郎兵衛は左手に持っている刀で相手の槍を辛うじて食い止めている。


「こ、こんなところで死んだら元も子もないぜ……」


 必死に耐える次郎兵衛だが、海賊の頭領はとどめを刺すために再び槍で突き刺そうとした。次郎兵衛は間一髪のところで敵の攻撃をかわすと、再び立ち上がって自らの刀で相手に向かった。


 そして、次郎兵衛は目の前の敵に斬りかかろうと刀を振り放った。しかし、海賊の頭領のほうも両手で構えた槍で次郎兵衛の刀を受け止めた。


「しぶといやつだな。おとなしくこの場でエジキになれば済むものを……」

「冗談じゃないぜ……。わしは、お前たちみたいなやつらが我が物顔で振る舞うのが大嫌いでね」


 2人は、相手の出方を見ながら一進一退の状態が変わることなく続いている。刀と槍がぶつかりながらも、お互いに足元の動きを注意深く見ている。


 そのとき、次郎兵衛は海賊の頭領の動きに一瞬の隙があることに気づいた。次郎兵衛はその隙を見逃すことなく、自らの刀で横から刀で斬っていった。


 海賊の頭領はその場で膝をつくのをこらえると、足をふらつかせながら次郎兵衛をにらみつけている。そして、槍を投げ捨てると左腰から刀を抜いて持ち構えようとしている。


「よ、よくもやりやがって……。貴様みたいなやつには、おれの手で血祭りに上げてやるからな……」


 敵の男は、ふらつく足で刀を振り回しながら次郎兵衛に近づいてきた。どこから斬りつけられるか分からない状況に、次郎兵衛もかわすのが精一杯である。


「下手に手を出すと、こっちも斬られてしまうし……」


 次郎兵衛の後方には、断崖絶壁の岩場がある。これ以上後ろへ下がったら、岩場から一気に落下して命を落とすことも十分に考えられる。


「貴様! ここから落ちたら生きて帰ることなど夢のまた夢だぜ……」


 海賊の頭領は、刀を振り回しては次郎兵衛に斬りつけてきた。やぶれかぶれで襲いかかる相手に対して、次郎兵衛は何とかかわそうと必死である。


 百貫島の頂上という場所柄、一歩でも足を踏み外すと命取りになりかねない。敵による攻撃をかわすのが困難な中、次郎兵衛は自らの刀で相手の刀を受け止めた。


 しかし、海賊の頭領も痛みをこらえながら次郎兵衛を倒そうと必死である。その目つきは、まるで獲物を狙うときの野犬の鋭い目つきとそっくりである。


「少しでも油断すれば、相手から容赦ない攻撃が待っているし……」


 緊張感のある2人の戦いは、その後もしばらく膠着状態が続くこととなった。すると、次郎兵衛は敵の男の動きに異変があることに気づいた。


 そのとき、海賊の頭領はふらつくように刀を次郎兵衛に向かって振り下ろした。次郎兵衛はすかさずかわすと、縦横無尽に敵の男を斬りまくった。


 海賊の頭領はその場でうつ伏せになるように倒れると、意識がもうろうとする中で口を開けた。


「次郎兵衛よ……。おれたちを始末したからって、いい気になるなよ……」


 次郎兵衛の前で恨みつらみを言いかけた海賊の頭領だったが、その途中で意識を失うと再び起き上がることはなかった。


 強敵との殺陣に終止符を打ったのは、次郎兵衛の左利きによる刀さばきである。


「それにしても、こんな頭領が島々から漁民を集めては海賊にするとは……」


 海賊たちの多くは、元々島々で半農半漁を営む漁民だったはずである。それを考えると、次郎兵衛も心苦しいものがある。


 頭領の屍を見届けると、次郎兵衛はこのまま山道を下りて百貫島から去ることにした。

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