その3
次の日の朝、おさちは次郎兵衛が大ケガした患部を巻いていた包帯を外している。その患部に、おさちは薬草をすりつぶした薬を塗るところである。
「いててててっ! いててててててててっ!」
「ちゃんと治さないといけないんだから、それくらいはガマンしてもらわないと」
次郎兵衛は薬を塗られるたびに、顔をゆがめるほどの凄まじい痛みが襲ってくる。それでも、大ケガを早く治ってほしいと尽くしているおさちの気持ちに応えようと耐え続けることにした。
こうして、新しい包帯を両腕と左足に巻いてもらった次郎兵衛だが、大ケガをしてから全く稽古を行っていない。
「早いうちに刀の稽古をしておかなければ、実戦感覚が鈍ってしまいそうだ」
ふんどし姿で上半身を起こしている次郎兵衛の横では、腹掛け1枚の仁助と海吉がお布団の上でしょんぼりしていた。
「父ちゃん、母ちゃん、ごめんなさい……」
仁助と海吉がしょんぼりしているのは、お布団におねしょをやってしまったからである。そんな2人をやさしく接するのは、両親である岸兵衛とおさちである。
「おねしょしたくらいで、そんなに気にしていたら男の子らしくないぞ」
「しょんぼりしなくても大丈夫だからね」
両親のやさしさに、仁助と海吉は次第に笑顔を取り戻した。
岸兵衛とおさちは、2人のお布団をそれぞれ持ってきて物干しに干しているところである。2枚のお布団には、子供たちが大失敗した痕跡が見事に描かれていることが分かる。
布団に寝かされている次郎兵衛は、家族の様子を見ながらこうつぶやいた。
「わしも、何とか自分の力で立ち上がって歩きたい……」
次郎兵衛は、布団から起き上がって何とか立ち上がろうと試みている。しかし、左足から踏み出した瞬間、次郎兵衛は突如として苦痛に満ちた顔つきになった。
「い、いててててっ……」
これ以上左足を動かせない次郎兵衛の顔つきを見て、おさちはすぐに板の間に上がって駆け寄った。
「大ケガが治りきっていないのに、自分から歩こうなんて無茶なことはしないで!」
おさちがあえて強い口調で言うのには理由がある。それは、左足が治っていない次郎兵衛に無理をさせたくないという思いをおさちが持っているからである。
次郎兵衛はおさちの親心に理解を示しながらも、自分の意思を伝えたいと口を開いた。
「おさちの気持ちは、わしも痛いほどよく分かる。それでも、わしは少しでも自分の足で歩きたい」
次郎兵衛の頑固さに、おひさは首を傾げています。すると、岸兵衛が土間から板の間へやってきた。
「自分の足で歩いたり、刀の稽古をするくらいなら特に問題ない。ただ、くれぐれも無理をするようなことはいけないぞ」
岸兵衛は、次郎兵衛の歩きたいという意思を尊重することにした。これを見たおひさも、次郎兵衛が自分の力で歩けるように協力することにした。
次郎兵衛は、岸兵衛をはじめとする家族のためにも少しずつ歩こうと努めている。いまだに激痛が走る左足を動かそうとするのも、次郎兵衛の強い意思の表れである。
同じことは、食事で箸を使うことにもいえる。大ケガで両手が使えないので、次郎兵衛はおさちが口まで運んで貰ったものを食べていた。
しかし、いつまでもおさちの好意に甘えるわけにはいかない。次郎兵衛は、痛みをこらえながら自分の力で左手で箸をつかもうとしている。
「な、なかなかご飯をつかむことができない……」
箸の動きはまだぎこちないけど、それでも何とか元通りに箸が使えるよう次郎兵衛は努力を重ねている。
一方、左足のほうはまだかなり痛がっており、少しずつ歩こうにもなかなか進むことができない。それでも、次郎兵衛はここで立ち止まるわけにはいかない。
「子供たちの前で、ぶざまなところを見せるわけにはいかない」
次郎兵衛は、歯を食いしばって痛みをこらえながら板の間を歩き続けている。
それから、数日が経過したある日のことである。
次郎兵衛は、大ケガしていた傷口がふさがって包帯なしで過ごすことができるまでに回復した。当初は左足の激痛で歩くのにも苦労していたが、それも普段通りに歩くことができるようになった。
「痛みもほとんどなくなったことだし、そろそろ本格的に体を動かさないと……」
次郎兵衛は、鞘に入った刀を右腰に差し込むとすぐに外へ出ることにした。これから刀の稽古をして、殺陣を行う感覚を取り戻すためである。
大ケガをしていて稽古ができていなかったので、最初はいまいち感覚がつかめない状態が続いた。しかし、稽古を重ねていくうちに、次郎兵衛は即座に刀さばきができる感覚を取り戻した。
どれだけ稽古をすればいいのか、それは次郎兵衛にも分からない。しかし、少なくとも海賊たちの襲撃を想像しながら稽古することに意義があるのは間違いないだろう。




