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左利きの次郎兵衛  作者: ケンタシノリ
第5話 瀕死の次郎兵衛を救った島の家族
32/43

その1

 走島を離れた次郎兵衛は、沖合に向かって木舟を漕ぎ続けている。


「海賊連中の本拠と言うが、一体どこへ潜んでいるのだろうか……」


 海賊たちの強みは、瀬戸内海の島々を知り尽くしているところにある。遠距離攻撃と接近戦を使い分けることができるのも、次郎兵衛にとって厄介な存在である。


 もちろん、次郎兵衛もこれまで戦った経験から、海賊連中がどんな手段で攻撃を仕掛けるかはよく知っているはずである。だからと言って、次郎兵衛は決して気を緩めるつもりはない。


 次郎兵衛は、木舟の向きを変えながら広い海の上を1人で漕ぎ続けている。


「無数にある小さい島々を調べれば、海賊連中がどこに潜んでいるのか分かるというものだ」


 次郎兵衛は、誰も住んでいない無人島に海賊たちの本拠があるのではと心の中で考えている。しかし、そこへたどり着く前に次郎兵衛は早くも試練に立たされることになった。


 次郎兵衛が漕いでいた木舟の周りに、突如として海賊連中の乗った木舟が海上で取り囲んできたのである。


「おっと、ここから先に行かせるわけにはいかないな」

「どういうことだ」

「おめえを血まみれにして、地獄へ落とすことがおれたちの目的だぜ」


 十数人はいると思われる海賊連中は、次郎兵衛をその場で始末しようと弓矢を構えている。そんな状況でも、次郎兵衛は冷静な顔つきであることに変わりはない。


 すると、海賊連中は次郎兵衛に向かって一斉に矢を飛ばしてきた。これを見た次郎兵衛は、すかさず刀を抜いては敵の放った矢を斬り落とした。


「殺せ! 殺せ! 三度笠の男を殺せ!」


 海賊たちにとって、目の前にいる次郎兵衛は邪魔な存在でしかない。殺気に満ちた目つきは、海賊たちが今までとは違うと如実に示すものである。


 次郎兵衛は手慣れた刀さばきで矢を叩き落としているが、敵のほうも弓矢による攻撃をやめる気配がない。


「海賊連中の攻撃が、こんなにしぶといとは……」


 必死に矢を落とす次郎兵衛であるが、ほんのごくわずかの隙を海賊たちは見逃すはずがなかった。海賊たちが放った矢は、必死にかわし続けた次郎兵衛の手足に次々と命中した。


「い、いててっ……。これしきのことで逃げるわけには……」


 次郎兵衛は痛々しそうに刺さった矢を手で抜くと、傷口から血が流れながらも敵の攻撃をどうにかしてかわそうと刀を握っている。


 その様子を、海賊連中は不気味な笑みを浮かべながらつぶやいた。


「このまま心の臓に向かって矢を放てば、おれたちに泥を塗ったあの男を始末することができるぜ」


 海賊たちは、動きの鈍くなった次郎兵衛へ一斉に矢を放った。何とかして自らの刀で斬り落とそうと次郎兵衛が試みた、そのときのことである。


「うっ! いてっ、いてててっ……」

 左腕に敵が放った矢が3本も刺さると、次郎兵衛は誤って木舟から海中へ落ちてしまった。これを見た海賊たちは、再び次郎兵衛が海面から上がるのを見計らって弓矢を構えていた。


 しかし、次郎兵衛は海中に沈んだまま一向に海面へ上がってこない。


「あれだけおれたちを苦しめた三度笠の男がお陀仏になるとはなあ、ぐはははは!」


 海中へ落ちた次郎兵衛の耳には、かすかに聞こえる海賊たちの笑い声が入った。しかし、何とか木舟に戻りたいという思いとは裏腹に、次郎兵衛の意識は次第に薄れていった。




 どのくらいの時間が経過したのだろうか。


 意識を失ったはずの次郎兵衛が気づいたとき、目の前には見慣れない風景がかすかに見えてきた。


「わしは、そのまま意識がなくなって海の中に沈んでしまったはずでは……」


 次郎兵衛が意識を取り戻すと、そこには見慣れない親子がいることに気づいた。


「ようやく気がついてくれたのか……」

「もしかして、このわしを助けてくれたのは……」


 次郎兵衛は、枕元にいる父親らしきものに小声を掛けた。すると、その父親は次郎兵衛を助けたときのことを話し始めた。


「わしがいつも通りに漁へ出かけようとしたとき、砂浜におまえさんが流れ着いたのを見つけたのじゃ」


 父親はとりあえず家へ運ぶと、次郎兵衛を寝かせて意識が戻るのを待っていたそうである。


 この漁家で寝かされていた次郎兵衛は、こうつぶやいた。


「わしは、ここに流れ着いてからどのくらい経っているのか……」


 そのつぶやきに、父親らしき男はすぐに口を開いた。


「そうだなあ……。わしがこの家で寝かせてから丸2日経過しているなあ」


 その言葉に、次郎兵衛は戸惑いを隠せなかった。弓矢で何か所も突き刺されて海に沈んだことを考えると、次郎兵衛が死の淵をさまよっていたことは間違いない。


「それにして、ここは一体どこなのだ……」


 こんな知らないところに流れ着いた理由は次郎兵衛も分からない。しかし、ここにいる家族は悪い人たちではないようである。


「こんなわしを助けてくれるとは、感謝してもしきれない」


 次郎兵衛の謙虚さに、父親らしき男は、自分の家族のことを話し始めた。


「わしの名前は岸兵衛というものじゃ。隣にいるのが女房のおさちで、おまえさんの周りにいるのが岩太郎、仁助、そして海吉の3人の男の子じゃ」


 3人の男の子のうち、年上の岩太郎は着物にふんどし姿、幼い2人の仁助と海吉は腹掛け姿である。


 すると、次郎兵衛はゆっくりと起き上がろうとしていた。


「ここでずっと寝ているわけには……。うっ! いてててててっ……」


 次郎兵衛は顔をゆがめると、ガマンできないほどの激しい痛みにそのまま立ち上がることができない。


「大ケガしている人が、こんなところで無理をしたらダメだ」

「無理をしてケガが治らなかったらどうするの」


 次郎兵衛に厳しい言葉を掛けた岸兵衛とおさちだが、それは大ケガを早く治してほしいという2人の親心が込められている。


 そんな2人の気遣いに、次郎兵衛はそのまま布団の中で安静にすることにした。

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