その6
島へ戻った次郎兵衛と太吉は、木舟を砂浜の上へ置いてから再び海のほうへ向かった。
「家へ戻る前に、ワカメをいっしょに採ろうよ」
波打ち際には、ワカメが大量に流れ着いていた。太吉は潮が引いているのを見ると、すぐに波打ち際でワカメを拾い始めた。手慣れた様子でワカメを拾う太吉の姿を見て、次郎兵衛も砂浜にあるワカメを次々と手にした。
こうして、2人が大量に採ったワカメは次郎兵衛が全部持つことにした。太吉はスカリに入った真鯛やカタクチイワシをおみさに手渡すと、井戸へ行って水を汲んできた。
「おじちゃん、水汲みしたからいっしょにワカメを洗おうよ」
「もしかして、この桶の中で洗うのか」
「おいらがやっているのをよく見たらすぐに分かるからね」
太吉はワカメを水でさっと洗うのを見て、次郎兵衛もワカメの水洗いを手伝うことにした。
これだけ採れたワカメだが、1日で食べる量としてはあまりにも多すぎる。そこで、水洗いしたワカメを家の庭で生干しすることにした。
これだけの量のワカメを干せば、かなり長持ちするのでご飯を作るときに重宝されそうである。
「これだけ熱心に仕事をこなすとは……」
次郎兵衛は、太吉が自分から進んで仕事をこなす様子に感心していた。これも、太吉が大黒柱として家族を支えなければならないという所以である。
太吉の負担を少しでも減らそうと、次郎兵衛は左手にまさかりを持って山の急斜面へ入って行った。
小さな島といえども、薪はご飯を作るときの火おこしに欠かせないものである。次郎兵衛は木を切り倒すと、その場で丸太に切り分けた。
「これだけあれば、しばらく山へ入らなくても済むな」
次郎兵衛は丸太を背負うと、歩いて太吉の家へ戻ってきた。すると、太吉が次郎兵衛のそばへ駆け寄った。
「おじちゃん、丸太を切り分けるのはぼくがやるからね」
「それなら、いっしょに丸太を切り分けようか」
太吉の熱心さに、次郎兵衛はいっしょに丸太を薪に切り分けることにした。その間も、次郎兵衛は敵の襲撃のことを思い起こしている。
「今回は何とか弓矢に当たることはなかったが、向こうも同じ失敗を繰り返すことはないだろうし……」
いとも簡単に敵を次々と斬り倒した次郎兵衛だが、1本の弓矢が命取りになりかねないことを今回の戦いで思い知らされた。
弓矢を持たないからこそ、次郎兵衛は悪人たちを倒した刀の腕を磨かなければならないとその場で悟った。
次の日も、次郎兵衛はふんどし姿で木舟を漕いでいる。沖合まで行くと、太吉が教えてもらった通りに短い網を海へ投げ込んだ。
「いつ、どこで海賊が現れてもおかしくないけど……」
次郎兵衛は漁にいそしみながら、海の周りを見回している。海賊が現れるのがいつなのかは、次郎兵衛もはっきり分からない。
「やはり、昨日と同じような明るいときは海に出るのを避けているみたいだな」
次郎兵衛は海賊が現れるのは、人の姿がほとんどない夜中から日の出までの時間であると見ている。
「海賊をこの島へ入らせないようにするにはどうするべきか……」
次郎兵衛は、薪割りをしているときも海賊への対策を怠ることはない。太吉やおみさから声を掛けられても、次郎兵衛は無言で薪割りを続けている。
「私が声を掛けても何も言わないけど、どうしたのかしら」
次郎兵衛の様子が気になったおみさは、晩ご飯の火おこしを行っている次郎兵衛に改めて声を掛けた。
「さっきからずっと黙っているけど、なにかあったの?」
「おみさ、黙ったままで本当にすまない。わしが木舟を漕いで沖のほうへ行くたびに、どうしても海賊のことが気になって……」
次郎兵衛の言葉に、おみさは自分の口から海賊に関することを話し始めた。
「あの1年前の出来事は今でも忘れていないわ……。走島の砂浜から海賊たちが集団で襲ってきたの……」
海賊は10人ぐらいの集団で家々を襲っては、島民に対する殺戮や破壊を繰り返した。あまりの横暴ぶりに、島民たちは抵抗を試みることができなかった。
次郎兵衛は、おみさの目から流れる涙がどういう意味なのか改めて知ることになった。
「島に上陸しては我が物顔で殺戮と破壊を行う海賊連中、そして弓矢でいきなり襲ってきた男たち……」
おみさの言葉に、次郎兵衛は布団に入って寝ようとしてもなかなか眠ることができない。
「これまでで最も手強い相手になりそうだな……」
次郎兵衛は目をつむりながらも、暗い中を忍び寄ってくる敵に備えるべく待ち構えている。




