その3
次郎兵衛は、おうめたちについて行きながら先程のことを思い起こした。
「次々と襲ってきたならず者の集団……。そして、あまりにも静寂過ぎるのはどういうことなのか」
そのとき、おうめからの声が次郎兵衛の耳に入った。
「みすぼらしい家ですが、どうぞお入りになってください」
「そんなことは気にしないよ。わしは、家の外観がどうであろうと関係ないわけで」
おうめの家は一般的な農家と比べると少し小さい上に、外観のほうも少しボロボロになっている。お世辞にも恵まれた環境とはいえないところで、おうめは並之助と2人で暮らしている。
そこは目の前に山道が通っており、反対側には先程まで並之助が遊んでいたため池がある。
次郎兵衛は手前にある庭をのぞくと、何やら布団らしきものが干しているのが見えた。すると、並之助があわてて大の字の格好で立ち塞ごうとしている。
「並之助、どうしたんだ? 何かあわてているようだけど」
「そ、そんなことないよ……。早く家の中に入ろうよ! 入ろうよ!」
次郎兵衛は、並之助が布団を遮ろうとしている様子に首を傾げている。しかし、まずは家の中に入って体を休めることが先決である。
そう考えた次郎兵衛は、それ以上深入りすることはせずに家の中へ入った。
板の間に上がって三度笠を置くと、次郎兵衛は肩の力を抜いて座ることにした。
土間のほうでは、おうめと並之助の親子が晩ご飯の準備をしているようである。
「おっかあ、もう一度ため池へ行って水を汲んでくるから!」
「並之助、いつもありがとうね。でも、途中でならず者たちに絶対出会わないようにね」
どんなに貧しくても、けっしてめげない親子の姿に次郎兵衛は感心している。
しばらくして、おうめが囲炉裏のところへ晩ご飯を運んできた。今日の晩ご飯は、雑穀が多く入ったご飯とねぎが入った味噌汁である。
雑穀の入っていない白いご飯が食べられるのは、せいぜいお正月ぐらいのものである。
それでも、普段は野宿をすることが多い次郎兵衛にとって他の人と食事することのありがたさを感じている。
3人が囲炉裏に集まると、「いただきます」と言ってから箸に手をつけた。
味噌汁を食べているおうめだったが、隣にいる次郎兵衛の様子がどうしても気になってしまう。
「あの……。もしかして、箸が上手に持つことが……」
「見苦しいところを見せて申し訳ない。右手で箸を持つのが一苦労で……」
次郎兵衛は右手で箸を持とうとするも、ぎこちない持ち方でなかなかご飯をつかむことができない。そんな様子に、おうめは次郎兵衛にやさしく声をかけた。
「それなら、利き手で箸を持ってみたら?」
おうめの助言を受けて、次郎兵衛は左手で箸を持つことにした。ご飯を口にした次郎兵衛は、一口ずつ味わいながらゆっくりと食べている。
質素であっても、おうめが心を込めて作った晩ご飯である。出された食事を残さずに食べること、それがおうめに対する感謝の気持ちである。
そんな中、次郎兵衛は並之助が発したあの言葉が今でも耳に残っている。その事実が決して消えることがないのは、次郎兵衛も痛いほど分かるからである。
一家を支えていた父親がなぜ殺されたのか、次郎兵衛は腕組みしながら自問自答していた。
並之助と会ったときのことを思い出すうちに、ある一点に行き着くことに次郎兵衛は気づいた。
「ならず者の連中か……。この親子の大黒柱を殺したというのは」
そのことをおうめに問いかけてみた。すると、おうめは涙ながらにその時の状況を話し始めた。
「家族3人が家にいるところへ、あのならず者が集団でいきなり襲ってきたの……。そのとき、ご主人はあたしと並之助を守るために必死だったわ」
おうめの話す言葉の一字一句に、次郎兵衛はじっと耳を傾けながら聞いている。
「あたしと並之助は外に出て、草むらに潜んでいたから何とか無事だったが……。ならず者が家を去ったのを見て、あたしたちが家へ戻ると、うううっ……」
さらに話を続けようとしたおうめだったが、その途中で言葉が詰まると両手で顔を隠すように泣き出した。おうめにとって、その場で無残に殺された父親の姿がいまだに忘れられないからである。
それを聞いた次郎兵衛は、本当に心を痛めているのはおうめと並之助の親子ではと感じ取った。
しかし、ならず者によって襲われたのはこれにとどまらなかった。小さな村の家々にいきなり入っては、そこにいる人間を立て続けに殺していったのである。
あまりの恐ろしさに、村人たちは小さい田畑をそのままにして次々と村を出て行ってしまった。こうして、この村に残っているのはおうめと並之助の2人だけとなった。
それでも、おうめは村から決して離れようとはしなかった。それは、先代から大切にしてきた田んぼや畑を守るため、そして1人息子の並之助を守るためである。
「どんなことがあっても……。かわいいわが子は絶対に守ってみせるわ……」
おうめは、涙声で言葉が詰まりながらも率直な身持ちを次郎兵衛に伝えた。次郎兵衛は、その気持ちをいつまでも忘れるまいと心に決めた。
そうするうちに山奥の村も日が暮れたので、板の間に布団を敷いて寝ることにした。
次郎兵衛が布団の中へ入ろうとすると、布団の上に座ったままで寝ようとしない並之助の姿があった。
「並之助が一向に寝ようとしないけど……。子供だったら、大人よりも早く眠りにつくはずなのに……」
次郎兵衛は、目を開けたままで座り続ける並之助をずっと見つめ続けている。何も理由なしに、子供がずっと起きていること自体考えられないからである。
「こんなに遅くまで起きているけど、何かあったのか? 何だったら、わしに言ってごらん」
「何でも……。何でもないもん! 遅くまで起きれるようにがんばっている……」
次郎兵衛がやさしく接しても、並之助はその度に強がりを言うばかりである。
どうして寝ようとしないのか不思議そうに見ていた次郎兵衛だったが、しばらくすると並之助は座ったままでぐっすり眠ってしまった。
「並之助を布団の中に寝かせないと……」
次郎兵衛は、腹掛け1枚で眠っている並之助を布団の中に寝かせた。その寝顔は、幼さの残るかわいい顔つきである。
並之助が寝ていることを見届けると、次郎兵衛もそのまま眠りの中に入った。