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左利きの次郎兵衛  作者: ケンタシノリ
第4話 太吉との出会い、そして島に忍び寄る海賊の影
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その4

 次の日の朝、太吉の家に響き渡ったのは小助の泣き叫ぶ声である。


「うえええ~んっ、うええええええ~んっ!」


 次郎兵衛も、その泣き声が耳に入って目を覚ますことになった。隣では、小助が布団に入ったままで大泣きしている。


 小助のそばへ寄った次郎兵衛は、赤ちゃんが泣き続ける理由をいくつか思い起こした。


「お布団の中で泣いているとしたら、まさか……」


 次郎兵衛は、小助の小さい掛け布団をすぐにめくった。すると、小助のお布団には大きなおねしょが見事に描かれていた。


「大泣きしていたのは、こういうことだったのか」


 小助はまだ赤ちゃんなので、おねしょをすることぐらい当たり前のことである。次郎兵衛は、赤ちゃんらしいかわいい証拠をお布団に残した小助をやさしく見つめていた。


「おじちゃん、小助の腹掛けを持ってきたよ」

「太吉、いつも気を遣ってありがとうな」


 ふんどし姿の太吉が持ってきたのは、小助の新しい腹掛けである。太吉やおみさは、まだ赤ちゃんの小助が何を求めているのか手に取るように分かるようである。


 次郎兵衛は、仰向けになっている小助に新しい腹掛けをつけている。そして、おねしょでぬれた腹掛けを太吉に渡すと、たらいを出しているおみさに手渡した。


「キャッキャッ、キャッキャッキャッ」


 小助は、新しい腹掛けをつけてくれたのでうれしそうな表情を見せるようになった。さっきまで泣いていたのがウソのようである。


 次郎兵衛は、おみさが世話している通りに小助をあやすことにした。赤ちゃんのかわいい笑顔に、次郎兵衛も心が癒される気持ちである。


 すると、小助は手足をバタバタさせながら喜びを体で表現している。次郎兵衛はその場で立ち上がると、小助を抱っこしながら自分の顔のところまで持ち上げることにした。


 そんなとき、小助は次郎兵衛の顔面に向かっておしっこを引っかけた。次郎兵衛は、いきなりのおしっこ攻撃にタジタジである。


 この様子を知ってか知らずか、小助は満面の笑顔で次郎兵衛のほうを見つめている。


 次郎兵衛は、庭のほうへ小助のおねしょ布団を干すところである。物干しに干されたその布団は、赤ちゃんの成長を示す立派な証拠を表している。


 朝ご飯を済ませると、次郎兵衛はある場所へ行くために引戸を開けようとしていた。


「おみさ、これから村上様のところへ挨拶するために行くところだ」

「次郎兵衛さん、くれぐれも相手に失礼のないようにお願いしますね」


 次郎兵衛は家から出ると、細い道を歩きながら周りを見渡している。すると、島民の生命線である海のほうへ振り向いた。


「あれだけの木舟が海に出ているということは、それだけ漁が盛んということか」


 島の住民の多くは漁業に携わっていることもあり、砂浜には数多くの木舟が置かれている。この辺りに漁家が集まっているのも、海への出入り口からすぐに漁へ出ることができるためである。


 次郎兵衛は細い道を歩き続けると、海沿いにある大きな屋敷が見えてきた。その屋敷に住んでいるのが、この島の領主にして庄屋である村上様である。


 屋敷の前へやってくると、次郎兵衛は門の前で立っている門番に一礼した。


「そこの者、初めて見る顔だな。名を名乗れ!」

「わしは次郎兵衛という者だ。村上家の当主にお会いするためにここへやってきた」


 門番にその旨を伝えると、次郎兵衛は屋敷の中へ足を入れることを許された。庭へ入った途端、その屋敷の広さに次郎兵衛も驚くばかりである。


 広大な屋敷まで少し歩くと、屋敷の入口に使用人がいることに気づいた。


「いらっしゃいませ。どういうご用件でしょうか」

「村上家の当主にお会いしたいのだが」

「義直様に会いにきたのですね。かしこまりました」


 屋敷の中を使用人の案内に従って歩いていると、障子が閉まっている大きな部屋の前で立ち止まった。


 すると、使用人は障子越しに何かを伝えようと声を出した。


「義直様、旅人姿の男がこなたに会いたいと申しておられます」

「そうか、一度顔を会わせてどういう男なのか、この目で見るとするか」


 義直から入室の許しを得ると、使用人は正座をして障子をゆっくりと開けた。その部屋の奥にいるのは、村上家4代目当主の村上義直である。


 次郎比叡は部屋の中へ静かに入ってから進むと、義直に面を向かって正座した。


「そなたは初めて見る顔だが、何という名前なのか?」

「わしの名前は、次郎兵衛という者だ』


 次郎兵衛が自らを名乗ると、義直が再び尋ねてきた。


「ここへきたからには、何か理由があるのでは?」

「実は、この島に海賊がこれまでに何度か上陸しているそうで、漁民がいつ襲われてもおかしくないとおびえているそうだ」


 これを聞いた義直は、あることを次郎兵衛の前で話し始めた。


「まだ海賊というものが存在するとは……。わしらの源流である村上水軍も、海賊禁止令のお触れが出てからは海賊衆としての活動をやめたのだけど……」


 義直の言葉は、そのまま現在の走島の状況を憂慮していることに他ならない。


「この島に出没している海賊は荒くれ者集団で、わしらも本当に困っている。このままだと、島を切り開いてきた先人たちの苦労が無に帰してしまう」


 海賊による襲撃は島の存立をも絡んだ問題となっており、義直にとっても大きな危機感を抱いている。


 そんな義直の気持ちは、次郎兵衛にも十分に伝わるものである。


「海賊撃退のためなら、ぜひとも義直様のために尽くしたい」

「わしのために尽くすのはいいけど、あの海賊を倒すだけの自信は持っているのか?」


 義直としては、初めて顔を見る次郎兵衛の実力が未知数であることに不安がないわけではない。それでも、次郎兵衛が自ら名乗り出たのは、刀さばきに自信を持っているからである。


「わしは住む家も帰る家もない、終わりなき旅をしている者だ。道中の悪人たちを倒すことができるのも、敵の動きを瞬時に見抜くことができるからだ」


 次郎兵衛の自信に満ちた言葉に、義直は再び口を開いた。


「これほどまでに自信があるのなら、そなたの刀さばきに期待しようか」


 次郎兵衛は義直からの期待を受けながらも、まだ見ぬ敵の存在に改めて気を引き締めていた。

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