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左利きの次郎兵衛  作者: ケンタシノリ
第3話 母ちゃんの子守唄とおねしょぼうや
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その6

 夜が更けて、おはなの家の周りも暗闇に包まれた。


 そんな中、先に布団へ入ったはずの吾助がまだ眠りについていない。この様子に、おはなは吾助の耳元で子守唄を歌い出した。


「ねんね ねんね ぼうやの寝顔はかわいいね~♪」

「ぼうやの夢 楽しい夢を見てるのかな~♪」


 吾助は、母親の温かみのある歌声を耳に入っている間にすっかり眠りの中へ入った。

 次郎兵衛は吾助の寝顔を見てから布団の中へ入ろうとすると、おはなが何かを話しかけてきた。


「次郎兵衛さん、お願いがあるけど……」

「おはな、お願いって……」


 その内容は、次郎兵衛にとって大きな意味を持つものである。


「お願いです! 次郎兵衛さん、私と結婚してください!」

「いくら何でも、結婚って言われても……」

「幼い吾助のためにもお願いします! 本当の父親になってください!」


 突然のお願いを聞いて、おはなが本気で結婚を望んでいることを次郎兵衛は肌で強く感じ取った。本当だったら、おはなと結婚して安住の地を得たいというのが次郎兵衛としての願いでもある。


 しかし、次郎兵衛は悪人たちに狙われている立場でもある。おはなの願望といえども、次郎兵衛がこの地に留まるわけにはいかないのが現実である。


「とりあえず、しばらく返事を待ってほしい」


 次郎兵衛はおはなにそう伝えると、そのまま布団の中に入って寝ることにした。こうして全員が寝床につくと、家の中は真夜中の静寂に包まれることになった。


 そんなおはなの家に、忍び寄る影が少しずつ近づいてきた。その影の正体は、例の用心棒連中である。


「あの中に旅人姿の男がいるのか」

「その男といっしょに河原へきた子供もここにいるらしいな」


 男たちは、暗闇の中に浮かぶその家をじっと見つめながら口にした。そして、その中心にいるのが代官の岸村実孝である。


「旅人姿の男のみならず、一家まとめて斬り殺すのが今から楽しみだなあ」


 岸村は刀に手をやると、手下の用心棒たちとともに家の引戸までやってきた。


「いいか、中へ入ったら一家全員をまとめて始末しろ! 分かったな!」


 小声で発した岸村の言葉に、用心棒連中は音を立てることなく引戸をそっと開けた。土間へ入った用心棒たちは、そこで一斉に刀を引き抜いた。


「寝息が聞こえているということは、わしらにとって非常に好都合だな」


 岸村は、次郎兵衛たちが就寝している間に亡き者にしようと板の間へ上がった。すると、次郎兵衛は岸村たちがくるのを見計らったように布団から起き上がった。


「わしがここにいると知って、わざわざこんな真夜中に襲いかかろうとするとは……」


 次郎兵衛は枕元にある刀を手にすると、岸村たちの前へ出てきた。これを見た岸村は、まるで開き直ったような口調でこう言い切った。


「わしらの顔を見られたからには仕方がないなあ。今すぐ、旅人姿の男を血祭りに上げろ!」


 用心棒たちは、暗闇の中にいる次郎兵衛に襲いかかった。月の光がわずかに入るだけの暗闇であるだけに、少しでも気を緩めたら命取りになるのは明白である。


 そんな状況にあって、次郎兵衛は敵の動きに反応しながら次々と斬っていった。土間のところには、次郎兵衛に斬られて息絶えた用心棒が何人も積み重なっている。


「用心棒である割には、あまり手応えを感じないなあ……」

「何だと!」


 次郎兵衛の挑発とも取れる言葉に、用心棒連中は怒りに任せて刀を振り下ろした。しかし、次郎兵衛の刀さばきは何人もの用心棒たちをことごとく倒すこととなった。


 次郎兵衛の周りには、用心棒の屍が転がっている。その様子を見ていると、後方から岸村の声が耳に入ってきた。


「旅人姿の男よ! 調子に乗っているのも今のうちだぞ」


 次郎兵衛が振り向くと、そこには岸村の人質になっているおはなと吾助の姿があった。


「この女と子供がどうなってもいいのかな?」


 岸村は2人の首に刀を当てると、吾助はあまりの恐ろしさに大泣きしている。


「岸村め! 2人を今すぐここから放せ!」


 次郎兵衛は、岸村のあまりにも卑怯なやり方に強く憤慨した。弱い立場の人々を苦しめようとする岸村のふるまいに、次郎兵衛ははらわたが煮えくり返っている。


 そんな次郎兵衛の怒りにも、岸村の冷酷さは変わることがない。岸村は、このような脅し文句で次郎兵衛に通告した。


「人質を放したければ、その場に刀を置け! さもなければ、この2人の命はないぞ!」


 岸村が発したその言葉に、次郎兵衛は心の中で揺れている。なぜなら、おはなと吾助は次郎兵衛にとって身近な存在だからである。


 そのとき、おはなは岸村におびえながらも必死に言葉を出そうとしていた。


「お、お願いだから……。自分はどうなってもいいから、刀を置くようなことはしないで……」


 次郎兵衛は、おはなの言葉にも一理あると理解を示した。それでも、次郎兵衛は自分の命が危うくなってでもあの母子を救いたいと刀を鞘の中へ入れて床のほうへ置いた。


「さあ、約束通り2人を放してもらおうか」

「まあいいだろう。貴様のお望み通り、この女と子供を今すぐ放してやるわ」


 岸村は、言葉を吐き捨てながらも人質の2人を解放することにした。あまりの恐怖に、吾助は布団の中に潜り込んで震えたまま出てこようとはしなかった。


 次郎兵衛は2人が無事だったことに安堵したが、それと引き換えに刀が使えなくなったことで不利な立場に陥ることになった。

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