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左利きの次郎兵衛  作者: ケンタシノリ
第3話 母ちゃんの子守唄とおねしょぼうや
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その3

 その日の夜も、吾助はおしっこに行けないまま布団の中で眠っていた。


「お、おちっこ(おしっこ)……」


 真夜中にもかかわらず、吾助はおしっこがガマンできずに布団から起きた。両隣には、次郎兵衛とおはながぐっすりと眠っている。


 吾助は眠い目をこすりながら、音を立てないで板の間から土間へ下りた。そして、引戸をゆっくりと開けると、吾助は庭にある便所へ向かった。


 吾助は腹掛けの下を押さえて必死にガマンしながら、便所の前で立ち止まった。


「おちっこ、おちっこ……」


 吾助は、意を決して便所の扉を開けることにした。すると、便所の中から不気味なお化けらしき声が吾助の耳に入った。


「わわわわわっ! お化け怖い! お化け怖い!」


 あまりの不気味さに、吾助はあわてて家の中へ戻って布団の中に潜り込んだ。布団の中で身震いしながら、吾助はおしっこをすることなくそのまま眠ってしまった。


 次の日の朝、吾助は涙を流しながら布団の上で座っていた。


「おねちょちちゃった(おねしょしちゃった)……」


 吾助の布団には、見事なまでのおねしょが描かれていた。大失敗の証拠を前に、吾助は思わず腹掛けの下を両手で隠している。


 すると、次郎兵衛が吾助のそばへやってきた。子供がおねしょの大失敗をしようとも、次郎兵衛は決して険しい顔つきを見せることはない。


「まだ小さい子供だし、おねしょを気にしなくてもいいぞ」


 次郎兵衛がやさしく接すると、おはなも吾助を励まそうと声を掛けた。


「大きくなったら、おねしょだって治るんだから大丈夫よ」


 これを聞いて、今まで黙ったままだった吾助が2人のやさしさに思わず笑みを浮かべた。その姿に、次郎兵衛とおはなは一安心である。


 次郎兵衛は、吾助のおねしょ布団を干すために庭へ出てきた。いっしょについてきた吾助であったが、自分がやってしまった大失敗の証拠に恥ずかしそうな顔つきをしている。


「父ちゃん、ごめんなさい……」

「ははは、そんなことを気にしていたら男の子らしくないぞ」


 布団を干し終わると、次郎兵衛と吾助は水汲みをするために高屋川へ行くことにした。


 河原へやってきた2人は、水汲みをするために川のほとりへ歩き出した。そのとき、次郎兵衛は後ろから殺気らしきものを感じ取った。


「そこか!」


 次郎兵衛は後方からの襲撃に気づくと、すぐさま左手で刀を抜いた。そして、振り向きざまにその男をバッサリと斬り倒した。


 しかし、敵の襲撃はこれで終わったわけではない。目の前には、数人のならず者が次郎兵衛たちの命を狙おうと刀を抜いてきた。


「吾助、ここから離れたらダメだぞ」

「う、うん!」


 次郎兵衛は吾助を守りながら、次々と襲いかかる敵を素早い刀さばきで斬っていった。ならず者連中は次郎兵衛の前に力尽きて倒れると、そのまま息絶えることになった。


 次郎兵衛は、自分の周りに転がっている男たちの屍を見渡した。すると、ならず者が手にしている1枚の書面らしきものを見つけた。


 その書面には、驚くべき事項が書かれていた。


「岸村か……。わしに用心棒を差し向けた黒幕と言うのは……」


 そこには、ある人物の用心棒の任に就く旨が記されていた。その人物こそが、代官の岸村実孝である。


 そう考えると、岸村の差し金で用心棒を使って襲わせたと考えても不思議ではない。


「あの佐五郎を殺したのも岸村だし、もしかして……」


 次郎兵衛は腕組みをしながら、おはなが話した佐五郎のことを思い返している。


 そのとき、吾助は腹掛けの下を押さえたままで次郎兵衛の正面へやってきた。


「おもらちちちゃった(おもらししちゃった)……」


 吾助は、あまりの恐怖におしっこの水たまりを作ってしまった。おねしょに続く大失敗に、吾助は下を向いてしょんぼりしている。


 そんな吾助に、次郎兵衛は親身になって声を掛けた。


「おもらししたのをちゃんと正直に言ったのか。本当にえらいぞ!」


 次郎兵衛は、吾助が大失敗しても気にすることはない。小さい子供なら、それが当たり前のことだからである。


「さて、ここに長く居るのは危険だし急いで戻るとするか」


 次郎兵衛は水汲みを済ませると、吾助とともに家のほうへ戻ることにした。


 その途中、次郎兵衛は周りをキョロキョロと見渡している。それは、次郎兵衛が常に敵から狙われていることを如実に示すものである。


 そんなとき、そばにいる吾助のかわいい声が聞こえた。


「父ちゃん、どうちたの(どうしたの)?」

「いや、何でもないよ。家へ帰ったら、母ちゃんも待っているぞ」


 次郎兵衛は吾助の顔を見ながら、気になることを心の中で思い起こした。用心棒連中が岸村の差し金であると考えるなら、おはなも吾助も狙われる可能性が高いからである。


「おはなや吾助には、佐五郎のような悲劇が再び起こらないようにこの手で守らなければ……」


 次郎兵衛の眼差しは、いつもそばにいる吾助に向けられている。まだ4歳の小さい子供であるからこそ、次郎兵衛が心配するのも無理はない。

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