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左利きの次郎兵衛  作者: ケンタシノリ
第2話 宿場町にうごめく闇
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その3

「貴様……。おめえは、もしかしてあのときの……」

「やっぱりそうか。借金を強引に取り立てては娘さんを連れ出すとは……」


 次郎兵衛と昭吉は、お互いを見ながら山陽道沿いの茶屋で顔を合わせたときのことを思い出した。昭吉は、その茶屋にやってきた借金取りのまとめ役を担った男である。


 いずれにせよ、まずはおつるを借金取りの手から解放することが先決である。


「とにかく、おつるを今すぐ放せ!」


 次郎兵衛は、毅然とした態度で昭吉に迫った。借金取りが相手でも、次郎兵衛は決して動ずる姿を見せることはない。


 すると、昭吉は次郎兵衛の行動に因縁をつけてきた。


「よくも、おれたちの仕事の邪魔をしやがって……」

「仕事の邪魔だと? ここは宿屋だし、わし以外にもここに泊まる人がいるんだ。その目の前で大声で怒鳴りつけるとは……」


 昭吉の脅し言葉にも、次郎兵衛は強い口調でまくし立てた。そのとき、次郎兵衛は昭吉の右手に借用書を握りしめているのを見つけた。


「おい! その借用書はどういう内容なんだ」

「貴様! 他人のことにいちいち口を挟みやがって!」


 次郎兵衛の強い態度に、昭吉はいら立ちを見せながら左腰から刀を抜こうとした。激高している昭吉とは裏腹に、次郎兵衛は冷静さを保ち続けている。


「こんなところで刀を抜くのか。時と場所を考えないとはなあ……」

「くそうっ! それなら、この借用書を最初から最後まで読んでみろ!」


 次郎兵衛は、昭吉から差し出した借用書に目を通し始めた。書面を見ていると、次郎兵衛は亀蔵に請求した金額との違いに首を傾げている。


「井左衛門が借り入れた金額が5両なのに、どういう意味で30両を請求するのか」

「おれたちは金を貸したら、それなりの利息をつけて返すよう求めるのは当たり前だろ! 借りたものは返す、それは肩代わりすると約束した者も同じだ!」

「だからといって、借りた金額の6倍の金額を返済を迫るとは……。いったいどういうつもりだ!」


 何度も強い口調で言う次郎兵衛に、昭吉はついに左腰から刀を抜いてきた。


「宿泊者の前でこんな物騒な物を……」

「何だと? それなら、表に出りゃあいいだろ!」


 男たちが次々と宿の外へ出ると、次郎兵衛もこれを見て外へ出ることにした。次郎兵衛が外へ出た途端、昭吉をはじめとする借金取りの連中は一斉に刀を抜いてきた。


「よくも、おれたちの仕事を邪魔しやがって……」

「ここから無事に生きて帰れると思ったら大間違いだぜ!」


 男たちは、次郎兵衛を亡き者にしようといきなり襲ってきた。これを見た次郎兵衛は、左手で刀を抜くと瞬時に2人の男をバッサリと斬り倒した。


「うぐぐ……。おのれえええっ!」


 屍となった仲間の姿に、男たちは刀を構えて次々と次郎兵衛に向かって行った。しかし、次郎兵衛の左利きによる刀さばきの前に男たちはその場で斬られてしまった。


 この様子に恐れをなした男たちは、あわてて亀島屋の前から去って行った。そんな中、昭吉は自分の前に現れる次郎兵衛を苦虫を噛み潰したような顔を見せていた。


「左利きの刀さばきか……。まさか、貴様の名前は次郎兵衛……」


「そうだ、わしの名前は次郎兵衛という者だ」


 昭吉は冷静な口ぶりを見せる次郎兵衛のそばへくると、警告を発するようにある言葉を吐き捨てた。


「いいか、これで亀蔵の借金が無くなったと思ったら大間違いだぞ……。今後、貴様がおれたちの邪魔をしたらおれたちの手で一斉に始末するからな……」


 借金取りのまとめ役は、いら立ちを隠せないまま亀島屋の前から去って行った。これを見た次郎兵衛は、刀を右腰の鞘へ戻すと再び亀島屋の中へ戻った。


 すると、亀蔵とおつるは次郎兵衛に頭を下げて感謝の気持ちを伝えた。


「本当にありがとうね。次郎兵衛さんがいなかったら、娘はあの男たちに……」

「そんなにお礼を言わなくても……。わしは当たり前のことをしたまでさ。それに、困っている人がいるのをに過ごすわけにはいかないし」


 次郎兵衛の誠実な口ぶりに、亀蔵たちは穏やかな顔立ちで見つめている。


 そんな中、次郎兵衛は亀蔵がおびえ続けることがずっと気になっていた。


「あの風貌からすると、とても借金で身を崩す男には見えないし……」


 次郎兵衛は、亀蔵の身なりを見ながら首を傾げていた。なぜなら、亀蔵は質素なものを好む性格であり、決して派手なものには手を出さないからである。


「亀蔵、ちょっと聞きたいことがあるが」

「次郎兵衛さん、どういうご用件でしょうか?」

「いや、ご用件というわけではないけど……。井左衛門の借金を肩代わりしたというのは、何か理由があるんじゃないのか?」


 次郎兵衛は借金を肩代わりした件について尋ねようとしたが、亀蔵はそのことをなかなか言い出せずにいた。すると、そばで様子を見ていたおつるが亀蔵の説得に入った。


「父さん、次郎兵衛さんなら何か手助けしてくれるかもしれないし……」


 おつるの言葉を聞くと、亀蔵はうなずきながらようやく重い口を開けた。


「井左衛門は、西井屋という旅籠を営んでいてなあ……。旅人を泊める宿を営むもの同士で、若いときから良く世話になったものだ。そんな中、1ヶ月前に井左衛門から金策のことで相談を持ち掛けられて……」


 次郎兵衛は、亀蔵の口から発する言葉の一字一句に耳を傾けている。


「井左衛門は昭吉から5両を借り入れる条件として、その借金を肩代わりする人間を要求されたと言われたんだ。借金は自分でちゃんと返すから、おまえには迷惑をかけないからと井左衛門が何度も頭を下げるものだから……」


 亀蔵は井左衛門の度重なる懇願に、仕方なく借用書への署名をすることになった。たった1枚の紙きれに名前を記したことが、重大な事態を招いたことに亀蔵は肩を落としていた。


「あのとき、借用書への署名をしなかったらこんなことにならなかったはずなのに……。かといって、世話になった者を見捨てるわけにはいかなかったし……」


 亀蔵の力ない声は、次郎兵衛にも痛いほど伝わっている。そこには、苦悩に満ちた現在の状況をそのまま示す亀蔵の姿があった。


 そのとき、西井屋の前で何やら人々が集まって騒然とした雰囲気となった。亀蔵が急ぎ足でその方向へ駆け出すと、次郎兵衛もすぐにその後をついて行った。

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