流行らせたくなりますよね、軽い疫病
馬車に乗り込むと、騎士達の自己紹介が始まりました。
ルルーシュ殿のいた医学発展都市ーー「イリートディーナ」と云うそうですーーの騎士のようで、騎士団長のカルア、その他騎士のシアー、ブルスと名乗っております。その内のブルスは、馬車の御者をしていますね。騎士が御者で良いのでしょうか。
馬車は大きな二人が三人乗り込み、少年一人、女性一人、私が乗ってもまで余裕があるようです。というか、人が乗る度に広くなっている気もいたしますね。…いや、私は何も見てませんから。
「さすらいは、医者でもあり商人でもあるのか…」
「えぇ。自作の魔法具や薬、料理等…気分とノリで作った物を販売しております。王都についたら荒稼ぎをする予定ですので、是非お買い求めくださいね?」
「物によるがな」
荒稼ぎと言っても、法外な値段ではございませんよ。少し高めではありますが、価値も高く自作で、尚且つ性能も良い物ばかりですからね。特に薬が良く売れるのですよ。
「ヒストリア殿、次の街には後どのくらいでつくのですか?」
「このまま順調に進めば一日ですね」
「ふむ…では、暇潰しに商売をさせていただきますね」
私は袖元から横長の机を取り出し、私の騎士達の間に起きました。この袖は大きさも重さも関係なく入れられるので便利ですね。皆ギョッとして目を見開いておりますが、私は淡々と袖から商品を取り出し、机に並べていきます。
「こちら、騎士様のお勧めの魔法具にございます。これは、つけるだけで腕力、筋力、体力、魔力等を全面的に増幅させる腕輪、剣専用の吸収出来る柄、あぁ、これは自信作なんです、鎧の真ん中に嵌めるだけで、致命傷を回避出来る魔石なんですけど…」
「おい待てさすらい、色々と突っ込んでも良いか?!」
「何でございましょうか、カルア殿」
何を突然叫ばれているのでしょうか。あぁ、もしや値段を気にしていらっしゃるのですかね? それならご心配なく。
「今なら出血大サービスという事で、値段は5%OFFです」
「そうじゃねえ!」
「おや、では7%。これ以上はダメですよ」
「さすらい様…この机は、一体何処から取り出したのですか?」
丁寧な物腰でシアー殿が尋ねてきます。
私が「アイテムボックス」の話をいたしますと、今度は何処に「アイテムボックス」があるのかと突っ込まれました。また口が滑ってしまったようです。とりあえず「企業秘密なんで」と返し、再び商売に移ります。
「さて、どれをお買い求めになりますか?」
「本当に身体能力が上がったりするのか?」
「その腕輪ならば、つけてお試しいただいても構いませんよ」
カルア殿が私の商品を腕につけます。一見して見た目が変わったりはいたしませんが、カルア殿は自らの体の変化に気がついている様子です。
「これは…凄い、全身から力が湧いてくるようだ…!」
「気に入っていただけましたか?」
「どうやって作ってるんだ?」
「企業秘密です。カルア殿も、騎士団の内部情報を私に話したりはしたくないでしょう?」
「そうだな。深くは聞かない。どのくらい保つんだ?」
「さぁ? 試した事がないので…」
一つとして同じ物はありませんので、他の物と同じ期間使えるかは分かりませんが、性能は確かです。
そう伝えると、カルア殿は「買おう」と言ってくださいました。私は電卓で値段を明示し、王都についたらお金を払って頂く約束をいたします。
「さて、他にはいかがですか?」
「この致命傷を回避出来る魔石は、何回くらい効くんですか?」
「あぁ…十回くらいですね。でも、確実に致命傷を回避するので持っておいたら安心ですよ」
「同じ魔石を何十個か用意出来ませんか? さすらい様」
ヒストリア殿が興味深そうに商品を見ながら聞いてきます。ルルーシュ殿も見た事のない魔法具を目にして、少しソワソワしていますね。
「出来ますが、その分料金はたっぷり頂きますよ」
「構いません。王都の騎士団長と相談をさせていただきます」
「しかし皆様…よく信用出来ますね。王族直属の商人でもないというのに、命に関わるような商品を完全に信用してくださって…」
「ダメか?」
「いえ、商人としては実に有難いのですが、皆様の立場からしてどうなのかと思いまして…」
王子ですよ? 乳母ですよ? 騎士団長ですよ? 何でそんなに信用してくださるのですか…この世界はお人好ししかいらっしゃらないのですか?
「だって、さすらいは悪い人には見えないよ。僕の事も助けてくれたし」
「薬を飲ませただけですよ」
「その薬を作ったのは、さすらい様です」
もう、良いです。良い人とか悪い人とかもうどうでも良いです。私良い人なんで。でも、皆様がこれから騙されても知りませんからねー私。
ちなみにブルス殿も商品を購入してくださいました。いやはや、騎士の皆様は随分とお金を持っていらっしゃるようで。新しい別の商品もまとめてお買い上げいただきました。おまけに王都騎士団用の商品も作る約束をいたしましたので、大量に入ってくるお金に思い馳せております。
あぁ、お金お金。お金LOVE。異界に来る前の私の日課は、預金通帳の0を数が増えていく様を見る事でしたよ。
「さすらい、その服は何なんだ? 見た事がない」
「これは、着流しに羽織です。私の故郷の国の服です」
「さすらいの故郷は、何という名前なの?」
「”日の本”です」
「聞いた事がありませんね…」
そりゃあそうです、この世界の国ではありませんからね。寧ろ知ってたら怖いですよ。
話を聞くと、次の街につくまで一日はかかるようです。
しばらくすると夜となりましたが、それでも馬車は走り続けます。保存食を皆で食べ、ルルーシュ殿はお眠りになりました。すぐ近くにルルーシュ殿がいましたが…いやぁ、流石に睡魔には敵いませんね。ヒストリア殿が「構いませんよ」と仰いましたので、私は端の方で小さくなって眠りました。
朝になり、朝食を食べながら馬車を飛ばしていると、段々速さが落ちてきました。そろそろ街に着くようです。ルルーシュ殿は食事を食べた後、またすぐに寝てしまわれました。
「殿下、そろそろ着きますよ」
「ん、うん…」
「眠っている時の脈拍も安定していますね。後数十日様子を見て、発作が出る様子がなければ完治です」
平常時と睡眠時では脈拍が変わる事がありますからね。全て記録をとっておいた方が良いですが、生憎脈拍を測る機械を持ち合わせていません。…後で作りますか。
いやはや、これから大変になりそうですね。
「ヒストリア殿、次の街はどんな所なのですか?」
「『コードリール』と呼ばれる、織物の発達した街です。あぁ後、他と比べると商業も盛んですね」
私としては商業都市なんかにも行ってみたいですが、贅沢は言えません。織物ですか…専門外ですね。
すると、馬車が止まります。もう街の検問に辿り着いた模様です。カルア殿とヒストリア殿が代表して門番の方に話をつける事となった。話をつけるとは言っても、この街に一日滞在して抜けるだけだから、一応王子がいる事を伝えるだけでしょう。
ヒストリア殿がいなくなった事により完全に目を覚醒させたルルーシュ殿は、私の着流しの袖を引っ張ってきました。
「何でしょう?」
「さすらい、さすらいは強いの?」
「いいえ、私は放浪の医者ですから。皆様のような強さは持ち合わせていないのですよ」
「それなのに、一人で歩いていたのですか? 貴重な魔法具も持っているのに危険ですよ」
私は平気ですよー。
事情をヒストリア殿から聞き、シアー殿は心配してくれますが、案ずる必要はございません。これでも私、対抗手段は持っているのですから。
「ねぇさすらい、何でさすらいは左目を髪で隠してるの?」
まだ齢十のルルーシュ殿は、好奇心旺盛なご様子です。
これまた、あまり王族としての礼儀や立ち振る舞いを学んでこなかったのでしょう。いや…体が弱かった分、それでも良いか。いや、病弱だった事から、王位継承者に数えられていなかったのでしょうね。
「私の左目、でございますか…見たいですか?」
「う、うん…ちゃんと見たい」
私は普段、左目を前髪で隠していますからね。しかし、あまり見せたいものではございません。
「死にますよ、見たら。私の左目は魔眼なんです。堕天使ルシファーに授けられた魔眼なんです」
なので、適当に言い訳をしておきます。そう、我が左目は魔眼なのだ。一目見た瞬間、その者は一瞬にして息絶えるのだ、はっはっはー。
適当ながらも、純粋な子供は信じてくれた様子。「残念だな」と言ってルルーシュ殿は不貞腐れてしまいました。一瞬で嘘だと分かる言葉を信じてくれるなんて、何と良い子なのでしょう。こういう子がたくさんいれば、世界は平和になるのかもしれません。
「さすらい…お前…」
ブルス殿が呆れた顔をしておりますが、全面無視で構いませんよね。おや、厨二病ですと? いえいえ、私は別に、世界を破滅に導く選ばれし者などではありませんから。
「見られたくないなら、包帯とか眼帯とかしないの?」
「私の魔眼はとてもつもない魔力を持っているので、包帯を巻いても破れてしまうのですよ」
それじゃ私の前髪はどうなるんだという話だが、ルルーシュ殿は納得してくださったご様子。単純というか何というか…ヒストリア殿に常識を教えてもらってください。仮にも王子なのですから。
実際の所、左目を隠さないのならば前髪を退ければ良いではないかと思いますが、そうもいかないのです。隠したい瞳ではございますが、いざ左目を使いたい時に包帯が巻かれていると邪魔なのですよ。
「さすらい、一体ーー」
「ブルス殿、人間、生きている以上人に知られたくない秘密くらい、一つや二つ持っているものですよ。人の秘密に言葉を挟むなど、愚者の行う行為です」
騎士様ならお分かりになってくださいな、と笑顔で首をかしげると、ブルス殿は大層困った顔をいたしました。
私の、左目は、邪眼でございます。
「おっと、動き出しましたね。いやぁ、一体どんな街なのでしょうか」
「…」
*
王子御一行という事で一日この街に滞在しますが、勿論普通の宿に泊まるなんて事はないようです。それぞれの街は貴族が「領主」として支配しており、大方街の中心部の領主の館があるそうです。今回私達は、そこに泊まるんだとか。それにしても…
「私がご一緒して構わないのですか?」
本来ならば、領主の館など一般ピーポーであるこの私が立ち入ってはならない領域。いくらルルーシュ殿の許可を頂いても、少しばかり恐れ多いのでございます。一般ピーポーな医者で商人ですからね私。
「逆に、さすらいはどうするつもりなの?」
「適当な宿屋に宿泊しようと思っております。街も色々と散策しとうございますし、流石に宿泊場所までは…」
「僕、ちゃんとさすらいにお礼がしたいのに…」
「そうですよ、さすらい様。…此処の領主は金持ちですよ。領主の館に行けば、さすらい様の珍しい商品を売ってお金をたんまr「是非とも行かせていただきます!」
金持ちならば…そうですね、商品も売れますし。是非ご一緒させていただきます。これを機に領主に大量に商品を売って私の名を貴族界に知らしめておけば…これから貴族側からの依頼とお金が…!! 夢が広がりますね。
私は馬車の窓から外の景色を覗きます。一見して、他とあまり変わらない街。王都に近いという事や織物が盛んである事が要因となっているのでしょうか、針子や女性の姿が多く見られました。それにしても、
「このような街に来ると…流行らせたくなりますよね、軽い疫病」
「何故同意を求める。そして危険思考だぞお前は!」
「いやぁ、医者として薬を売ると儲かるんですよ。人がたくさんいると、どうにも病原菌を撒き散らしたくなりたい病なので私」
「医者っつーかただの犯罪者だろ、それ」
いえいえ、流石にもうお金欲しさに疫病を流行らせたりなんてしませんよ。この間は大変儲けさせていただきましたが、私が大変でしたしね。
…え、やった事があるのかと? 当たり前じゃありませんか、金儲けの算段があるのならば、行うのが商人というものです。医者としての経験も積めますし、薬を売る事でお金も入るんです。一石二鳥ですよ。流行らせたのも死なない程度のものですから。
え…人間のクズめ、死に晒せ、と? 酷い事仰いますねぇ。
「ついたぞ、領主の館」
おや、この街で初めての金儲けの場についたようです。