7 情報を整理しよう
全く、と鬱陶し気に鼻を鳴らしたセスは、
「私の好みとは程遠いその男に、女性が近づいたところで、何とも思わん。ラフの側をうろちょろしていると聞いた時は、腹立たしくも思ったが……見ろ、結果はこの通りだ」
ふふん、と得意げな笑みで、コーデュロイを見る。彼女は、今にも歯ぎしりの音が聞こえてきそうなくらい、悔しそうな形相でセスを見返していた。
コーデュロイが選んだつがいは、エッシャーのはずだ。
言いかけてはいたが、エッシャーは彼女と婚約すると言っていたからな。なのに、何でそんな顔をするんだ? 俺の事なんて、どうでも良いだろうに。
「キャ~! 隊長、カッコイイ!」
「素敵! ますます好きになっちゃいそうっ!」
後ろから飛んでくる、黄色い声。セスとつがいになると、オマケが多くて困る。
「え~っと、ちょっとだけ、頭ン中整理させて。2年前に、隊長はウィンザー卿との婚約を正式に断って──ワイルド・ホークに入団した?」
「逆だ。ワイルド・ホークに入団が決まって、ロムとの婚約を正式に断った。ラフに、アプローチするのに、面倒ごとの種を抱えていたくはなかったからな」
「セス……」
どこまでも男前だな。俺のつがいは。彼女の腹に回した腕に力を込めれば、ふふっと嬉しそうな笑い声がこぼれた。
「リアとの婚約が成立したのは、ちょうど1年前の今時分の話だ。その時、顔合わせをしたはずだが、覚えていないのか、お前は」
「……紹介されたのは覚えている。病弱な娘だが、よろしく頼むと。入学してまだそれほど経っていなかったから、学院で気遣ってやってほしい、って事だと思っていた」
いまだ立ち上がろうとしないエッシャー。顔面に食らった攻撃だけでなく、精神的にもキているせいだろう。隣にコーデュロイがいるものの、エッシャーを支えようっていう雰囲気じゃないな。
他の3人も、彼女を守るためについて来たはずが、酢を飲んだような顔になっている。イジメの主犯を成敗する気満々で来たのに、的外れだと、返り討ちに合っているんだから、無理もないか。
「お前に、女性への気遣いを求めたりする訳ないだろう。リアは泣いていたぞ? 会えば優しくして下さるのに、陰では貶めるような事ばかり言う、二枚舌の酷い人だってな」
「ぐっ……」
まさか、婚約相手を勘違いしているとはな。二重の意味で、酷い話だ。
後ろでコロネとサリーランが「サイテー」「女の敵ですわ」と憤慨している。
「相手がどんな女でもさあ、婚約者なんだぜ? 男が婚約者の悪口を、他の無関係な女に言うもんじゃねえよなあ。そのコが、嘲笑されるってわっかんねえかなあ?」
バカなオレでも分かるのに、と、コロネに蹴られた足をさすりながら、涙目でシュミットが呟く。
「分からないから、この体たらくなんじゃないの。婚約者がいながら、堂々と他の女と親密になって、挙句の果てにその女をいじめるなんて、見下げた云々……。よくもまあ、ご自分の行動を棚に上げておっしゃるわー。そうさせたのは、どこの誰だと思っていらっしゃるのかしら」
珍しく舌が回るな、サリーラン。
「あんさー、アタシら言ったよねえ? 婚約者がいるオトコに近づく方が悪いって。そんなつもりがあろうがなかろうが、悪者にされて困るのはアンタだって。思い合っていてもいなくても、つがいに近づく虫を追い払おうとするのは、あったりまえでしょー」
「いじめは褒められた事ではないわ。もちろん、それを実行した人が一番悪いのは確かよ。でも、いじめられる方にも原因があると言うのは、こういう事を言うのでしょう?」
「アンタ、ローズノベルズの読みすぎで、頭どうにかしたんじゃないの? 婚約破棄モノって、流行ってるしね。でもさあ、あれってご都合主義っていうか、いじめなんかでライバルを悪く見せてるけど、視点を変えたら、ヒロインのやってる事もさ、わりとヒドいよね」
コロネの舌も回り出したな……。セスが「私の出る幕がないな」と笑っている。ちなみに、ローズノベルズと言うのは、10代から20代の女性をターゲットにした、恋愛小説の事だ。
容赦のない外野である。
「情報不足のまま、コーデュロイに味方したばっかりに……カワイソウになあ。同情するぜ、トラたちよ……」
シュミットが想像した通り、コロネがこの場にいるのだから、明日の放課後あたりには、脳内花畑オーナーから、悪の手先へと変貌しているに違いない。この3人は、ある意味被害者だから、加減してやってほしいと後で頼んでおこうと思う。
「あ~っ! もう、何なんだよ! 訳がわからねえ! 結局、アリアを虐めてたのは、どこのどいつなんだよっ!?」
突然、ぷっつん切れたのは、ベイカーだった。頭を掻きむしりながら、大声で叫ぶ。自分たちの行動が、完全な勇み足だった事に気付いたらしい。
「ミス・セシリア・マクギャレット。ミス・セシリア・マクスウェルがアリアをいじめていた、という可能性はありませんか?」
「限りなく低いな。学院の出席簿を確認してもらえれば分かるが、そもそも、今年に入ってからリアが学院へ登校したのは、20日前後くらいしかないはずだ。ただでさえ体が弱いと言うのに、どこかの阿呆の暴言のせいで、精神的に参ってしまってな。取り巻きの令嬢は何人かいるが、彼女たちの怒りの矛先は、そちらのお嬢さんにではなく、ロムの方だ。良識ある令嬢は、お前を冷ややかに見ていたと思うが?」
「…………」
返答はない。
ふうんと返事をしたのはアディソンで、
「キミが代わりにしたんじゃないのかなあ?」
「阿呆。そんな非生産的な事を誰がするか。そんな事をしている暇があったら、ラフの尻尾をブラッシングをして、モフモフを堪能するに決まっているだろう! どこかの阿呆のせいで、慢性的にラフが足りていないんだぞ!? どうしてくれるっ?!」
東屋の壁をばしっ! と叩き、セスが吠えた。
「俺も、セスが足りない!」
ぎゅっと抱き着けば、「週末は別荘だ。嫌だとは言わせないぞ」と返される。
「嫌なわけないだろう、セス」
首筋に唇を当て、甘く聞こえるよう彼女の耳元に囁き返す。
「ちょ、隊長! 脱線、脱線してる! 話を戻してってか、それ以上はヤメテー。俺、泣いちゃう!」
「バッカ! なんでっ……!」
「ああ、久々のリアルローズノベルズだったのに……シュミットのおバカ!」
バシバシと女性陣から叩かれるシュミット。ぎゃ、と悲鳴を上げて、テンはテーブルの下に逃げる。俺もあまり人の事を言えた義理じゃないが、お前も女には弱いな、シュミット。
「ああ、すまん。つい……。助かった。何の話をしていたんだ? ええと、ああ、そうだ。さっき、コロネが言っていたろう? 人の物に手を出すのは悪役のする事だと。だったら、いじめなんてしていないで、さっさと弁護士を立てて慰謝料を請求する方が何倍もいいに決まっている」
「い、慰謝料?!」
「当たり前だ。ついでだから言っておくが、お前のせいで、伯爵家同士で結んだ婚約という契約が白紙撤回になるのであれば、当然、損害賠償は請求されるものだと考えた方がいい」
「そっ……!?」
家計が苦しいらしい、子爵家にとったら大打撃になりそうだな。
「──ってぇ事は、だ。アンタはアリアをいじめるより、えげつない方法を取る事にしたって訳か?」
「えげつないとは人聞きの悪い。どこをどう見ても、正攻法だろうが。なあ?」
「……確かに、おっしゃる通りです。ウィンザー卿の婚約は正式なもの。これを白紙撤回させた原因の1つを第三者が担っていると言うのなら、損害賠償を求められるのは当然かと──」
「本人が浮気を認めなくても、周囲の証言があれば立証はできる。当事者を除いた、この場にいる者、全員が証人だ。お前は言ったな? ロム。セシリアとの婚約を解消して、アリアと婚約すると──」
エッシャーとコーデュロイの顔が青ざめていく。
「ってー事は、だ。2人のセシリアサマがよ、いじめの首謀者っつー可能性もこれで消えたって事だよな? 裁判沙汰にしようってんだから、逆にいじめなんかやってりゃ、賠償金が減らされちまう」
「ベイカーの言う通りだねえ。でも、アリアがいじめられていたのは事実だからねえ。これは、実行犯を探し出して黒幕を聞き出すしかないかもねえ」
「いえ……アディソン、もしかしたら、黒幕なんていないのかも知れません」
キャッスルの言葉は確信に満ちていた。
エッシャーとコーデュロイはけちょんけちょん……