只野救出作戦 ー16ー
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「もう一度だ! もう一度勝負させろ。金ならいくらでも出す。観客達もあの決着は望んでないはずだ!」
社長のイスカンダルは勝利したけど、望んだ形じゃなく、新人アイドルに喰いついている。こっちとしては俺に文句を言ってこないし、再戦するにしてもお金が貰えるだけメリットになるわけで。
「勝者がみっともない真似をしないで欲しいですね。まして、金をちらつかせるなど言語道断です。周囲の迷惑を考えなさい。私の人気を落とすつもりですか?」
竹中かぐやはピシャリとイスカンダルに言い放った。確かに観客達は再戦の声を上げてるし、金に目が眩んでる。けど、イベントはこの場所だけで行われてるわけじゃない。それに交通なども止めるのも限界がある。敗者ではなく、勝者が文句を言って続けるのは問題があるわけだ。
「そ、それは……分かった。かぐや嬢に泥を塗るわけにもいかないからな。だが! そこのお前、この屈辱は忘れない。いずれ、本当の決着をつけてやる」
イスカンダルは捨て台詞を吐きながら、舞台から降りて、用意されていた車で去って行った。
そして、周囲は竹中かぐやの先程の言動にどよめきが起きた。ファンに対して怒ったのも、人に迷惑になるから当然だろう。けど、その相手は製造会社の社長でTVにも出た人物。スポンサーになってもおかしくない相手なわけで、どちらが上かになると、普通なら竹中かぐやが下になるはず。
それなのに、イスカンダルの方が折れた形になった。俺が感じたイスカンダルの性格なら、ファンであっても、アイドルに対して激怒すると思ったんだけど。
「このイベントのエンディングとして、私の新曲を歌わせてもらいます。時間がある方だけでもよろしいので聴いてください」
フィナーレに竹中かぐやが舞台の上で新曲を歌うみたいだ。ファンであるイスカンダルは知ってたはずなのに去ってしまうのもおかしい気がしたんだけど、その違和感は竹中かぐやが俺の手を握ってきた事で消えてしまった。
観客達からはブーイングの嵐だったけど、竹中かぐやが手を握ってきたのはイスカンダルが迷惑をかけたからというわけじゃなく、レースの前の言葉。
「今回、アレクサンダーはレースに勝ちましたが、戦争では負けていたでしょうね。なので、貴方に特別な物を送ります。勿論、アイドル戦記関連です」
竹中かぐやはそう言い残し、舞台に戻って、何事もなかったように新曲を歌い始めた。
俺は観客達から少し離れて、コンビニ前でぐったりと座り込んだ。そんな時間が経ったわけじゃないけど、精神的に疲れた。
「お疲れ様です。彼女と何か話してたみたいだけど」
明日香ちゃんは俺の隣に座り、飲み物を渡してくれた。口調も西園寺アスカの強いのではなく、普通に俺の心配をしてくれてるみたいだ。