まがまがしい女
不吉な夢を見る夜は。
「茜はやっぱり変だ!」
帰りの電車でユキオが言った。
「時たまがらりと人が変わる。ミノだって見ただろ?」
「ユキオ・・そんなこと言わないで」
私は向かいに座ったユキオに訴えた。
「茜を部活に誘ったのはユキオでしょ?ガーの水替えや餌やりだって手伝ってくれる。茜が来てから下級生だって前より顔を出すようになった。茜のおかげじゃない」
「それはそうだけどさ」
そう言いながらもユキオは不満そうだ。
「だけど最初に茜を見たとき俺は変な音を聞いたんだ・・ミノに言っただろ?」
私はこくんと頷いた。ユキオはラッパみたいな音が聞こえたと言っていた。・・ラッパ?
「だいたい二学期に転校してくるなんてそもそもおかしいじゃないか。前の学校で何かあったんだよ」
「・・・・」
今日の茜の青い目。それはあの・・忘れられないあの恐ろしい光景の・・その時の茜の目と同じだ。いやあれはもっと燃えるようにぎらついていた。何かを凄まじく憎んでいるように。
「二重人格じゃないの。あいつ」
私は驚いてユキオを見た。
「よそうよ、ユキオ!私達友達でしょ?」
ユキオは私を見返した。
「ミノの友達だろ。茜は別に俺のことなんてどうでもいいんだ」
拗ねたようにユキオは窓を見た。日の傾きが早くなっている。黒い夜の闇がユキオの瞳に広がった。
「・・・茜は家に遊びに来てって言ってたよな?」
「うん」
―ねえ美野
生物室で茜は言った。
「うちのママが私が学校でちゃんとやってるか心配してるの。今度の日曜家に来ない?」
茜の家族は旧大社駅近くの賃貸マンションに住んでいるらしい。国家公務員用の官舎には移動時期もあってはいれなかったそうだ。でも築年数の古い官舎に住まないで良かったと茜は喜んでいた。今の部屋は三階で窓からは瓦屋根と空と青い山が見渡せる。
「都会の狭い空とは大違い!」
茜は私の腕を引っ張った。
「いいでしょ。あ、ユキオくんと一緒でも構わないから」
茜はちろん、とユキオを見てから言った。
「・・で?」
ユキオはきつい目になった。
「どうすんの。あいつともっと仲良くなる気?」
私は困惑した。
「だって・・・誘われたじゃない。ユキオも」
「俺はおまけだから」
ふっと冷笑するようにユキオは言った。
「・・でも」
美野じゃなきゃ駄目なんだもの!
茜は言った。
「・・・行こうよ」
私はむきになった。
「行こうよ。ユキオ」
ユキオは私の真剣な顔を見た。
「わかった」
少し間をおいてから言った。
・・・くすくすくす
誰かの笑い声。窓から差し込む微光。うす闇の教室。時間はわからない。誰も席にいない。妙にふわりとした空気。いるのは・・・・
―茜?
それから
―ユキオ?
二人で何してるの?
私は問いかける。でも二人には聞こえないみたいだ。
黒板の所で揉み合う影。茜の手がユキオの頬に伸びて前髪を掴む。よせ、とユキオが叫ぶ。
「いつも自分でやってるじゃない。あかちゃんみたいに」
ふふふ、と茜が笑う。ユキオは茜の手を振り払う。それでも体を押し付けてくる茜にユキオの抗いは徐々に緩くなる。
「そうよ・・ユキオ」
茜はまた前髪をぐいと乱暴に引っ張る。ユキオの顔を近づける。
「いい子にしないとママ怒るから」
明るく光る青い目でユキオを見据える。そして石のようになったユキオの唇に自分の唇を寄せる。血が滴るような赤い色。
「やめて!」
私は叫ぶ。
茜が私を見る。ぎっとした恐ろしい形相で。
まがまがしい声で。
「見るんじゃないよ。美野」
その顔は茜じゃない。どこかの知らない女だ。
「この覗き魔!」
「・・・やだ!」
かすれた自分の声で目が覚めた。しばらく部屋の天井を見つめていた。目覚まし時計は四時過ぎだ。
なんて夢!
私は額の汗を拭った。生々しい残像がいつまでも消えない。
「ただの夢だから」
私は自分に言い聞かせた。
まだ続きます!