不機嫌なカレ
三人仲良し組にはなったけど・・
肩にかかる柔らかい髪。ユキオに似た桜色の頬。
この人が私のお母さんだったらなあ・・。
のぼせた私を並んでいた母が見下ろしていた。その大きな目は悲しげで私の気持ちに感づいていた。母の黒い手が私の手を強く握った。
「ねえ横浜ってどんなとこ?」
お弁当をしまいながら私は茜に聞いてみた。都会と言ったら母の仕事の関係で観光がてら大阪に一度行ったくらいだ。駅周辺を歩いたが人の多さや建物の巨大さに圧倒され疲れはててしまった。
「ビルばっかりかなあー。」
茜はユキオと一緒に買ったパンを食べ終わると華麗な少女のイラストの描かれたポーチから飴をとりだして私に差し出した。
「可愛いポーチ」
私は受け取ってミント味をほおばった。茜もママの趣味、と言いながら飴を口に入れる。そしてユキオにも差し出した。
「いらない」
ユキオはうるさそうに手を振った。
「ランドマークタワーってすごく高いビルが横浜駅から見えるんだけどいくら頑張ってもなかなか着かないの。手の届きそうなところに見えてるのに・・建物や道路に邪魔されて迂回ばかりさせられる。一緒に行ったママとくたくたになっちゃった。都会ってそんなところ」
苦笑いしながら茜は言う。
「ランドマークって日本でアベノハルカスについで高いビルじゃなかったっけ」
「スカイツリーよりもだったかな?」
茜は意外そうに言った。
「じゃない?」
ユキオは地元なのに知らないのかよ、というように茜にちらりと軽蔑の視線を投げる。それからつまらなそうに頬杖をついて空をながめた。この間のテストで茜に十点以上離されたことがユキオにはどうにも腹立たしいのだ。
「駅のそばのマンション住まいだったから幼稚園から混んだ電車で通園だったし・・車は渋滞するから。いっつも人ばっかりで。犯罪は多いいし・・怖かった」
茜は眉をしかめたが私は聞きながらワクワクしてきた。
「茜」
私は訊ねた。
「東京の渋谷に行ったことある?」
TVで見た大都会のエネルギッシュな街の風景。派手なファッションの若者の群れ。騒がしいネオンの点滅。
「うん。電車一本で行けるから何回か行った」
「・・・すごい」
私にとっては遠い遠い場所だった。飛行機で行けば一時間もかからない処かもしれないが私には行くチャンスなんかない。たぶん永遠に。私は鮮やかなワンピース姿で軽やかに人込みを縫っていく茜を想像した。渋谷にいても茜はきっと人目を引くはずだ。胸がきゅんとなった。
「まあこんな田舎、なんにもないもんなあ!」
突然当てつけるようにユキオが声を上げた。
「・・もう!ユキオ!!」
さすがに私はきっとなった。文句を言おうと腕をつかんだ。すると押し殺した茜の声が聞こえた。
「・・私はここが好きよ」
茜の瞳から青い光がほとばしった。
「ここがいい・・もう二度と戻らない」
まだ続きます!