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赤と白のために  作者: 田浦青花
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老婆はモーリッツに剣を差し出した

箱から現れたのは古い宝剣だった。老婆はこれを持って行けとモーリッツに迫った

老婆は答えずにそれをテーブルに置いた。モーリッツは老婆が布を剥ぐ様を見つめていた。その目はみるみる大きくなった。


―・・これは・・?

―私が父から受け継いだものよ


中から現れたのは古い短剣だった。鞘と柄の部分が金で装飾され宝石がはめ込まれている。昔のものながら身分の高い貴人のものだったと推測できた。


―もしかしてこれは・・・


老婆は目線を落とし両頬に手を当てた。無数の皴が刻まれ彼女の表情をわからなくした。

―・・これはあなたの城のものだったの・・

―あなたのお父さんが城から盗んだものですね

老婆は驚いてモーリッツを見た。

―何もかもよくご存じなのね

皮肉に笑い目に落ちた白髪をかきあげた。

―そうよ。父は城から財宝を盗んだ。それを売って金儲けをした。・・でも仕方ない事だったのよ。戦後の混乱期で食料が不足しているのに家には子供が二人いておまけに身重の妹が頼ってきていた。

・・それなのに父は職もなくてお金の入る見込みもなかったの。

・・父はこの宝剣も売ろうとした・・でも他のものは売れたのに何故か出来なかった。売りに行こうとすると置いてあった場所から不思議なことに消えている・・探しても見つからないから諦めるんだけれど、数日たつとそこにきちんと収まっているのを見つける。そんなことがニ、三回起こったと言っていた。

そのうち治安も安定して売ることが難しくなった。


これはきっと売られたくないのだ


そう父は思い木箱に入れ引き出しの奥にしまいこんだの。

マイヘルベック夫人は宝剣を見つめた。

―父が死んで私は家の引き出しからこれを見つけた。父が言っていたことは本当だったとその時に思ったわ


モーリッツは思わず手を伸ばして宝剣に触れその硬い感触をじっと確かめた。おかしなことにそのまま手を離したくなくなってしばらく剣を撫でていた。よく頑張ったといわんばかりに・・。マイヘルベック夫人はモーリッツの様子を無言でながめていた。それから静かに言った。

―これはあなたにお返しするわ

―えっ?

夢見るようだったモーリッツの目の焦点が合った。

―これは城の所有者のあなたが持つべきものだし私の遺産としてなら親族のあなたに譲るべきものでしょ。どちらにせよこの剣はあなたが持つものです。

穏やかだがきっぱりとマイヘルベック夫人は言った。

モーリッツは慌ててしまった。

―でも僕は今部屋を間借りしていて実家にいないんです。これをいただいてもどうしたものか・・僕が持っていたって・・

そう言いながらモーリッツはちらちらと剣を盗み見た。何か誘われるような力がそれにあるように感じた。

―駄目ですよ、そんなことはしてはいけない。とりあえず形式を踏まないことには。・・勝手に貰うなんて馬鹿げてる。

真面目なモーリッツは言った。しかし夫人は強硬だった。剣を布に包み元の木箱に入れるとモーリッツに突き出した。

―とにかく持って行って!

厄介払いをするようにモーリッツに迫った。

―これのせいで私達家族は滅茶苦茶になったのよ!

夫人は大声を上げた。茶色の汚れた歯が唇の間からのぞいた。

モーリッツに木箱を持たせると家の外に追い出した。

―もう来ないで!

ドア越しに夫人の声が聞こえた。仕方なくその日モーリッツは剣を持ち帰った。でもやはり勝手に貰うことは出来ないと思い数日してからまた夫人の家に寄った。だが夫人は不在だった。それから何回か立ち寄ったがいつも留守だった。

もしかしたら居ても居留守をつかわれたのかもしれない。最後に行った日家は売りに出されていた。老婆は完全に姿を消してしまったのだ・・・。」


山科氏は言葉を切った。

「つまりモーリッツは剣を手に入れたんですね。今も・・ってことですか?」

ユキオがショックを隠さずに訊ねた。

「・・そうだ。自分のリュックに入れてそのままにしているらしい。誰に言っていいのかわからないとぼやいていたよ。一度誘惑にかられて剣を抜こうとしたらしいが・・」

山科氏は可笑しそうに言った。

「古い剣で鞘から抜くことはできなかったそうだ」

くっくと山科氏は笑った。私たちは山科氏がなぜ楽しそうにしているのが全くわからなかった。ユキオは険しい顔で山科氏を見つめていた。


年が明けた。2017年おめでとうございます!

争いごとの少ない年になって欲しいなあ・・・・・

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