つかの間の戯れは
茜とふたりきりで帰る道
「川の流れみたいに淀んだら・・汚れた溜りができていたら・・?」
ユキオは呆れたように茜を見た。
「ずいぶん変わったことを言うんだね。・・それって次元のこと?四次元とか・・」
ユキオは腕時計を見てあっとあわてた声を上げた。
「部長会だった。あとはミノに聞いて」
そういうと駆け足で生物室を出ていった。
私は茜を見た。夕陽を背にした茜の輪郭は光で滲んでいたが影に染まって黒々と沈んだ表情は何故か老人のように見えた。言い知れぬ恐怖が私を包んだ。
「・・茜?」
茜ははっと我に返ったような表情で、ごめん、ぼうっとしてた、と笑った。
いつもの茜に戻っていた。私はほっとしながらこっちにカメがいるからと促した。
「ザリガニもいるじゃない」
茜はカメの甲羅をつつきザリガニのいる水槽を覗いた。それからしばらく部活の説明をしていたが茜が塾があるというので帰ることにした。
私は自転車を押しながら茜と歩いた。ユキオ以外と帰ることはこれまでなかった。気心のしれたユキオと違って未知な茜と二人でいることは私にはかなりのプレッシャーだった。・・それに茜は私に好意を持ってくれているのだ。私は途方に暮れて夕闇の空を仰いだ。
「なんだかごめんね」
突然茜が言った。
「刈谷くんと二人でいたいんじゃないの?お邪魔してるよね」
「え?」
私はあわてて言った。
「やだ!そんなことないよ。ユキオとは幼馴染みなだけで」
私は大雨の時の車のワイパーみたいに激しく手を振った。
「・・そうなの」
「そうそう!」
「でもいつも二人きりですごく仲がいいんでしょ。部活も一緒だし。幼馴染みなだけでそんなにいられるの?」
クラスの女子にでも忠告されたんだろうか。茜は神妙な顔で私を見ていた。
「・・だって家まで向かいなんだもの」
皆が誤解してるのは知っていた。でも茜にははっきり言っておかないと後でユキオに怒られそうだ。
「本当に兄妹みたいなものなの。私は友達が他にいないから一緒にいるだけで・・」
「そうなの??」
茜は嬉しそうに声をあげ私の腕に絡みついてきた。
「じゃあ私が美野のそばにいてもいいよね」
きつく私の腕を掴んだままで言う。私は茜の艶々した黒髪の白い分け目を見下ろした。
「私なんかでよければ・・・」
茜は私を見上げて媚びるように言った。
「だって美野じゃなきゃ駄目なんだもの」
美しくきらめく目で懇願する。こんな可愛らしい子に信じられないようなことを言われて私はどきまぎする。初めての女友達がうっとりするような美少女なんて・・。でもどうしてそこまで茜が言ってくれるのかわからない。茜が放そうとしないので腑に落ちない気持ちでそのまま歩いていた。何度か自分の足を車輪でひいてしまった・・。
「ユキオは時々破滅的なことを言うんだけど」
私は部活での話を思い出していった。
「でも私だってたまにそんな風に思うことはある」
「誰でもあるんじゃない」
意外にさらりと茜は言った。
「だって百年たったら私たちはこの世界にいないのよ?」
「・・そう思うと世界って不思議だね」
こんな風に茜とじゃれていることも一瞬の戯れで過ぎ去っていく・・。そう思うと茜の体の温かさが無性に愛おしくなった。それから茜の言った時間のことを考えた。茜が言ったみたいにもし時間がまっすぐでないなら・・そんな時間の揺らぎが私に過去や未来の映像を垣間見せるのかもしれない・・。
まだ続きます!