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赤と白のために  作者: 田浦青花
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モーリッツは森で見た女の顔が語ったある言葉について話した

モーリッツと茜は森に入り木の幹に現れた女の顔に遭遇した。その女のつぶやいた言葉は長く彼の心に残り続けた。

「そんなこと」

突然茜が言った。赤いカーディガンが一瞬燃え立つようだった。

「覚えてない」

「小さかったからね」

モーリッツはなだめる様に言った。

「その時女の顔が低くつぶやくのが聞こえました。よく聞き取れないものでしたが・・」

モーリッツは薄い唇を湿らせた

「・・バル ムンク ダ ニーベルゲ ノット・・そんな風に聞こえました」

ユキオは思案気に眉を寄せた。

「・・ドイツ語でしょ?」

モーリッツは頷いた。

「・・僕には意味がわからなかった。けれど

ずっと気になっていました。頭の隅にいつもありました。やっと大学になって古典文学を専攻する友達から“ニーベルゲ”はドイツの中世の叙事詩“ニーベルゲンの歌”のことではないかと教えてもらいました。あんまり古典に興味なかったんだ。

Der Nibelunge Nôt

古いドイツ語で“ニーベルゲンの災い”という意味です。じゃあ“バルムンク”というのはわかるのか?そう友達に訊ねてみました。友達は叙事詩の中でジークフリートという英雄が持っていた剣の名前じゃないかと言いました」

「・・ニーベルゲンの災い・・」

山科氏がぼそりと言った。私はその読み解けない謎めいた顔を凝視した。瞬間その表情はひどく悲し気に見えた。―が、急に切れ長の目を私たちに向けて言った。

「ご存じかな」

「名前くらいなら」

ユキオが言った。

「ドイツの有名な叙事詩」

「それは彼が言ったことだろう」

山科氏は可笑しそうにモーリッツの肩をぽんぽん叩いた。

「Uns ist in alten mæren wunders vil geseit

von helden lobebæren, von grôzer arebeit,

von fröuden, hôchgezîten, von weinen und von klagen,

von küener recken strîten muget ir nu wunder hœren sagen.」

モーリッツがぽかんと口を開けて山科氏を見た。山科氏は今度は日本語で続けた。

「古い世の物語には数々のいみじきことが伝えられている。ほまれ高い英雄や、容易ならぬ戦いの苦労、よろこび、饗宴、哀泣、悲嘆、また猛き勇士らの争いなど、あまたのいみじき物語を、これから御身たちに伝えよう。」

「・・びっくりですね」

モーリッツは感嘆の声を洩らした。

「現代ドイツ語ならともかく古いドイツ語で暗唱できるなんて。一体叔父さんはどこで習ったんです?」

たいしたことじゃない、と茜の父は笑った。

「家内の実家の書架にはドイツの文学書が並んでいたからね。義父は若い時代ドイツの大学に留学していてドイツびいきなんだ」

「それにしたってそこまで言えるなんて・・」

モーリッツはまだ驚きが覚めない様子だった。

「どんなお話なの」

茜が切り込んできた。

「長い叙事詩だよ。初めは王族の結婚の物語後半は夫を殺された妻の血なまぐさい復讐の物語だ・・」

そう言うと山科氏は額に手を当ててふうっと深い息を吐いた。

「・・・それできみはどう解釈したんだ。その女の言った意味を?」

「バルムンクは剣。殺されたジークフリートの剣で妻のクリームヒルトはそれで復讐を遂げたんですよね」

そうだ、と山科氏は頷いた。

「なぜその女はその剣のことをわざわざ言ったのかな」

急にモーリッツの表情が緩んだ。叔父さん、そう茜の父に呼びかけた。

「いやに真面目なんですね!まるで本当に起こったことみたいだ」

それから私たちを見て言った。

「あの森には広い範囲に蔦が這ってるんですよ。しつこいくらい足に絡みつくんだ。だから歩くならもう乱暴にひきちぎるしかない。よく見るとヨーロッパ産のアイビーとは葉の形が違うんです。僕は大学で成分を調べてみた。すると驚いたことに麻薬に似た幻覚作用が見つかった。一体何故ドイツの森にそんな植物が生えたんだろう??・・まったくの疑問です。・・つまり僕らはその蔦の幻覚作用で幻を見たんじゃないか。そう思えるんです」



湿度が高いのが苦手。はやくさわやかな季節になんないかな。高地に行きてえ~~( 一一)

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